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平成24年観艦式 

カテゴリ:未分類

海上自衛隊の観艦式が10月14日に相模湾沖で開催された。毎年自衛隊創設記念日前後に行われる観閲式は、陸海空各自衛隊の持ち回りでおこなわれ3年ぶりの海上自衛隊の観艦式となった。定員が限られている中で御招待いただいた防衛大臣に感謝する。

横須賀のホテルに前泊をして朝の6時前に海上自衛隊横須賀基地の正門前に入場し金属探知機他のボディーチェックを受けて吉倉桟橋へいく。

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今回乗船させていただくのはそこで待っていてくれたのは「護衛艦いせ」でひゅうが型護衛艦(ヘリ搭載型護衛艦・ヘリ空母)の2番艦である。ヘリ(VSTOL機)を22機搭載可能の昨年に就航したばかりの新鋭艦である。

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今回の観艦式には艦艇45隻、航空機18機、隊員約8000人が参加。また、2002年以来10年ぶりに外国艦艇が招かれ、米海軍やオーストラリア、シンガポール海軍の艦艇が祝賀航行を行う。韓国の艦船も当初は参加予定ではあったが中止となったと聞き及ぶ。

また当初参加予定だった海上保安庁の巡視船は尖閣諸島警備のため参加を取りやめとなった。写真はオーストラリアの艦船で色が白っぽいのはこの色が現地の珊瑚礁の多い海での迷彩色であると聞く。

搭乗口から乗船し、格納庫に入り、そこから昇降機で一気に飛行甲板へあがる。気分もあがりまくりである。飛行甲板は約200メートル。かなりでかい。当日は雨で海霧もあって厳しい気候であった。しかし薄着の海上自衛官は全く辛そうな顔をしないのが素晴らしい。

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艦内では弁当も販売されていた。まあまあ美味しかった。

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呉音楽隊が格納庫の中でミニコンサートを開いてくれる。彼らのホスピタリティにはいつも頭が下がる。。

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ヒト・ヒト・サン・マル時に観艦式の海域に到着する。観艦式が始まるとこんな感じとなる。灰色の空と海の中をさまざまな護衛艦が水面を切り裂いて進む姿は勇壮である。

この日の観閲官である野田首相は「我が国を巡る安全保障環境は、かつてなく厳しさを増している」「国防に想定外と云う言葉はない。困難に直面した時こそ、日頃養った力を信じ、冷静沈着に国のために何をすべきかを考え、状況に果敢に立ち向かってほしい」といった内容の訓示をしたと翌日の新聞に書いてあった。

多分周りにいた自衛隊員の心には全く響いていないであろうことが推測される。。さっさと今月中に臨時国会を召集して衆院を解散せよ!今の民主党が一日も早く政権を返上することが日本の安全保障、最大の抑止になると考える。。

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いせに搭載するヘリの発着を間近でみる。。航空機とは異なり我が国のイージス艦6隻のうち5隻を三菱重工、1隻をIHIが造った。いわゆる国産である。ヘリ空母のひゅうが型は2隻ともIHIで、その他の護衛艦も潜水艦も全部日本製である。 日本の軍事技術力は素晴らしいと思う。韓国のなんちゃってイージスとは大違いである。

ただイージス戦闘システムはロッキード社を直接輸入するライセンスの形であることが残念である。しかしながら日本も現在FCS−3という独自のシステムを作りつつあるとどこかで聞いたことがある。

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航空機も編隊飛行。。富士の総合火力演習含めて自衛隊行事をNHKは中継もしくは真剣に報道せよ。自衛隊員の日頃の訓練や生活から護衛艦をはじめとする各装備品の解説、離島防衛を中心とした我が国の防衛の取り組み。。

民放も2時間枠で番組をどうして作らないのか不思議である。くだらんしょうむないバラエティーしか作らんと国策としてメディアは一斉放送をするべきという法律の施行を願う。

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今回は多くの方にご配慮いただき海上自衛隊の素晴らしい訓練展示を見ることが出来、他国とはレベルが違いすぎると言われる海上自衛隊の練度の高さをしっかりとこの目に焼き付けることが出来た。 

全国防衛協会連合会青年部会 第12回研修会 東北・宮城大会 

カテゴリ:全国防衛協会連合会青年部会

表記の大会が10月6・7日に仙台にて行なわれた。まず臨時総会が大会前に行なわれ北海道・富山県の防衛協会の全国組織加盟が承認され、2014年の研修大会の大阪大会の認証があった。

記念講演では東北方面総監部 政策補佐官の須藤彰氏の東日本大震災での被災者救援のお話をいただいた。震災時には君塚総監のもとで自衛隊の被災者の救援、支援活動を事務官の立場でありながらともに行ない本省との連絡パイプ役として尽力され「すべては被災者の為に」と身を粉にして救援活動をされた隊員が何を思い、何をしたのかを明確にお話しいただく。

自分の身内も連絡が取れない中での救助活動、雪の中や腰まで水につかっての捜索活動、即応予備自衛官とともに行なった支援物資の輸送、本来自衛官が行なうものかどうかと個人的に思う心温まる生活支援活動(女性自衛官が被災者から支援のニーズを聞いている写真は頭が下がる思いでした)、音楽隊による慰問コンサート、米軍によるトモダチ作戦。。。

彼らのおかげで多くの国民の命が救われ再び立ち上がる勇気を得ることが出来たと確信する。自衛隊に対してすべての国民が深い信頼と大きな感謝の念を抱いたことも確かである。

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その後大会式典が開始され全国組織の中で副会長である私は開会宣言をさせていただく。

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陸上自衛隊東北方面総監の田中敏明陸将からも祝辞をいただく。田中陸将は、陸幕教育訓練部長や第2師団長を歴任された人物である。特科いわゆる砲兵が職種であるが見た感じは歩兵っぽいねと友人と話をする。

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いろいろな方からご挨拶を頂戴し、懇親会は音楽隊のジャズ演奏でスタート。全国から集まる青年部会の会員が一同に会し、様々な問題について話し合う。この被災地において自衛隊に対する信頼はかなり深まってはいるが本来任務である国防についてどれほどの方が理解しておられるのか。。。

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国民の生命と安全を守る仕事は警察や消防など他の機関もあるが国を守る仕事は自衛隊員だけであることをもっと多くの人たちに理解をしてもらいたい。安全保障に対する正しい知識をもっと広めなくてなならない。。多くの志を同じくする会員がこのような内容を2次会、3次会まで語り合った。

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全信太山駐屯地司令、37普通科連隊長の大庭秀昭一等陸佐が東北方面総監部の防衛部長として上番されておられ久しぶりの再開と共にしばし話し込む。。東北の地でも年中半袖の戦闘服で過ごされる。自宅には暖房設備を設置せずに365日、24時間有事の状態を想定しいつも出動出来るよう備えておられる姿に感動。。まさに彼は自衛官の鑑。寡黙で実直、正義心が強く、温かい人柄・・・翌日も一緒に青葉城まで早朝ランニングをする。

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翌日のエクスカーションは霞目駐屯地から自衛隊のヘリとバスを使って被災地を視察。上空から見た被災地はがれきはほぼ片付いてはいるが復興にはほど遠い状態。。。

多くの方がお亡くなりになられた宮城野地区で慰霊のため手を合わせる。。この大会を通して私たちすべての会員はさらなる国防意識を涵養し自分の国を自分たちで守る為にはまず何をしなければならないかを再度考え実行する勇気をいただいたと確信する。




対馬研修報告 (平成24年9月1日及び2日)  

カテゴリ:青年部会



今回の日記は副会長の 秋田和孝 が書かせて頂きます。

先ず、今回の大阪防衛協会青年部会及び近畿ブロック防衛協会青年部合同研修に多大なる協力をいただいた中部方面総監部広報室梛野班長に心より謝意を申し上げる。

平成24年9月1日10:30福岡空港発の飛行機で対馬に向かう。飛行時間はわずか30分ほど。
対馬空港には陸上自衛隊対馬駐屯地の広報担当の武藤一尉が既に待っており、さっそく空港から少し北に位置する万関橋に案内していただく。

かつては山の稜線でつながっていたところだが、浅茅(あそう)湾内の竹敷港にあった大日本帝国海軍竹敷要港部の水雷艇部隊が対馬東海上へ移動する時間を短縮するため人力で掘削された運河となっている。日露戦争の日本海海戦でバルティック艦隊を迎撃した水雷艇部隊もこの運河を東に抜けて行ったそうだ。現在では幅40m水深4.5m長さは約500mに改修され重要な航路となっている。

続いて上見坂公園の展望台から島全体を俯瞰し対馬の地勢などについて説明をいただく。
この上見坂公園へつながる一般道の横はすべて陸上自衛隊の演習地になっているそうで国定公園が演習地になっているというのも珍しい。

展望台から距離3000mほど先に対馬空港の約1800mの滑走路が見える。幅が40mほどしかない狭い滑走路は福岡からのジェット機だと荒れた日には着陸は難しいそうだ。山の稜線を削って作られた滑走路で、かつての対馬は航空機に関しては浅茅湾に大日本帝国海軍の飛行艇基地しかなかったようなところらしい。

ここから見える浅茅湾には目を閉じれば大日本帝国の連合艦隊が停泊して煙突から石炭の黒煙を上げている姿が目に浮かぶ。島の西側には霊峰白嶽がそびえている。対馬は南北86km、幅10kmほどの島に5~600m級の山が多い島で、海底も水深が深いことが想像出来る。リアス式海岸の海岸線は900kmもあるそうだ。

対馬は7世紀の白村江の戦い以来、元寇襲来、秀吉の朝鮮出兵などいつの代も防人の島として日本の国防の要となってきており、この北見坂公園にも大東亜戦争の頃の堡塁跡がある。頑強な鉄筋コンクリートの厚塗り漆喰の構造物は今でもそのまま使えそうだ。北対馬にある砲台跡にはかつて大型戦艦の口径40cmの砲身20mもある主砲が据えられていたそうだ。

続いていよいよ対馬駐屯地に向かう。司令の仲川一等陸佐自ら迎えてくれる。
対馬の現況についてブリーフィングをいただいた。彼は防衛大学33期生の司令は長く信太山の37普通科連隊や第三師団にいたことがあり、関西からの来訪客を温かく迎えてくれた。

対馬には陸海空で約700名の自衛官が配備され、陸上自衛隊だけでも約300名配備されているそうだ。ここ。対馬駐屯地は和歌山の御坊駐屯地に次いで日本で二番目に小さな駐屯地らしい。駐屯地の自衛官の半数は長崎県出身、全体の1/4は対馬出身。錬成は実戦錬成が多く、市街地へ逃げ込んだ敵を探す演習。水際から上陸する演習。山を越えて進む演習など、日本のどこの部隊より即応力がある精鋭部隊と感じた。

航空自衛隊がレーダーで空を監視し、海上自衛隊がレーダーで海に目を光らせ、陸上自衛隊が近場を警戒、また島の各地区の地域住民との連携により島全体、すなわち国を守っている。

以前からこの島では陸海空の情報交換、連携が行われており、近接戦を得意とする陸上自衛隊は有事に際し即応できるよう航空自衛隊、海上自衛隊隊員に格闘指導なども行っているそうだ。自衛隊の展開だけでなく、対馬の8割を地方交付金に依存する財政現状なども説明をいただく。

駐屯地を後にし、歴史民俗資料館で対馬の歴史を学ぶ。武藤一尉は自衛隊の広報だけでなく対馬全体のことを知り尽くす一級の広報担当である。歴史のこと、島の自然のこと、行政のことなんでも知っているのはさすがである。

対馬市民の自衛隊に対する信頼は16世紀の秀吉の朝鮮出兵、13世紀の蒙古襲来、それより以前の6世紀の白村江の戦いにまでさかのぼる。武人は命を賭して守ってくれるという信頼関係があり、自衛隊は島の生活の一部として認知されている。他の離島のように自衛隊反対を口にするものなど皆無。

毎年に秋に行われる観閲式は島民にとって一大イベントで楽しみにしている。
街の中の公道を小銃を持ち、戦車が走行する観閲式は他の地域ではなかなか見られない。

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懇親会は郷土料理の「志まもと」で大きな石を使った名物料理石焼で魚や野菜をいただいた。仲川司令、武藤一尉、対馬防衛協会からは白石会長、太田副会長、江口副会長、大浦議員も参加いただき、対馬の現状についてさまざまな角度から現地の生の声を聞かせていただく。対馬のことを何も知らないことを改めて感じ、対馬の重要性について再認識する。

翌朝、全員でランニング。かつての城下町を港から駐屯地まで走ることで昔の城下町の様子を感じる。
二日目は小茂田の浜に向かう。ここは1274年文永11年元寇の先遣隊450艘3万人の軍勢が押し寄せた。当時の対馬国の地頭代宋資国(そうすけくに)が厳原から山を越え80余騎で迎え撃つも討死にしたところ。今では陸上自衛隊の上陸作戦の演習場として使われている風光明媚な海岸線である。

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飛行機の出発の時間が近いが、浅茅湾を海岸線から視察させていただいた。海上自衛隊対馬防備帯本部が対岸に見える。その施設の横には天皇陛下行幸の記念碑が残る韓国資本のリゾートホテルがあるところだ。

今回の研修では対馬の現状を垣間見ることになり、年間7000名ほどしか日本人観光客の来訪は無いが、かたや韓国人観光客は年間10万人にもなろうとしている現状を知った。日本の国防は自衛隊任せではなく、私たち民間人にも出来る国防は民間人の往来を増やすことではないかと感じた。今回の研修で見聞したことを多くの人に伝え、対馬に関心を持つ人を増やしたいと強く思った。

大阪防衛協会青年部会
副会長 秋田和孝

陸上自衛隊中部方面総監ならびに第3師団長 表敬訪問 

カテゴリ:陸上自衛隊

近畿ブロック防衛協会青年部会連絡協議会の会長6名で表敬をさせて頂いた。
陸上自衛隊中部方面総監 河村仁 陸将を表敬訪問。 東海、北陸、近畿、中四国地区の2府19県の防衛警備や災害派遣を統括する中部方面隊の最高指揮官。鉄の意思をもたれ、頭は涼しく、義理と人情を両手に携える人物。まさに軍人の鏡のようなお方。。以前大阪地方協力本部長を歴任の際、何度か個人的にも飲みにいったことがありとても親しく話をさせて頂いた。

いつ突発的におこるかわからない南海東南海地震について常に備えを怠らず訓練を重ねられていることなどいろんなお話を聞かせて頂いた。。
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そのあと第三師団長 山下裕貴陸将を表敬。。過去に沖縄県の地本部長をも務められ離島防衛の現状や今後の国防の方向性など詳しくわかりやすく説明をいただく。一般大学を卒業されて自衛官になられた方で森羅万象における知識量の
多さと頭の回転の速さには敬服する。

ざっくばらんに私どもが知りたいことをわかりやすく話いただく姿に一流軍人としての人間力の高さを感じた。

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第三師団では担当の総務課長が我々のためにパワーポイントを用いてブリーフィングをして頂いた。。三師団がどの地域の防衛警備を担任しているのかなどという話は知ってはいたが具体的にどのような活動をしているのかとか訓練の内容など突っ込んだ貴重な話をして頂き日々全方向に備えをされている彼らにさらなる敬意を表する次第であった。

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東日本大震災発災のあと具体的のどのような動きをされ何が大変でどのような労苦をされたのかそして隊員ひとり一人は何を感じながら救援活動と復旧活動を続けられたのか涙なしには聞けない内容を淡々と正確に話をして頂いた。

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そのあと第3音楽隊の演奏訓練。演奏だけではなく来週からは戦闘訓練も全員が行う。ここが自衛隊の素晴らしいところ。演奏する女性自衛官も凛として清々しい。

見学というかほとんど観閲状態となる。5曲続けてのプライベートの演奏に感激。動画は普通科(歩兵)の行進の際に演奏される行進曲「大空」個人的に大好きな曲でもとから歌詞はない。

動画はこちら↓
[高画質で再生]

行進曲「大空」 [掲示板]

海上自衛隊阪神基地隊司令表敬訪問 

カテゴリ:海上自衛隊

阪神基地対司令 高橋忠義海将補を表敬訪問。。

懇談の中で司令が前関西防衛を支える会の会長高橋季義氏のご子息であることを知る。
高橋季義氏は前大阪防衛協会会長の小林公平氏と同じく海軍士官学校を卒業された帝国海軍の青年士官であり、愛国者で私が最も尊敬していた憂国の士でありかつ実業家(前 きんでん社長・会長)でもあった。(平成18年逝去)いつも後ろ姿を見てこの人のようになりたいと思ったものである。

小さな身体で晩年はマスクをされ車いすに乗られていたが目を合わすだけでこちらの背筋が伸びるような方だった。一目で胆力と迫力を感じさせるお方であった。「いつでも君たちの団体に話をしにいくから遠慮なく言ってくれ」と常に柔和な笑顔で話いただいていた。結局その講演は実現されず個人的に後悔があった。

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 高橋司令も以前は南の最前線である沖縄で勤務され沖縄での国防の現状や問題点など時間が不足するくらい楽しく話をさせて頂いた。。西宮のご出身で関西弁で笑いの絶えない表敬訪問となった。。。

今回の表敬訪問は様々な縁を感じた。。


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