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信太山駐屯地創立55周年記念行事  

カテゴリ:陸上自衛隊


今回の日記は本年度副会長予定者の 秋田和孝 が書かせていただきます

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4月29日(日)鷺岡会長の相伴で信太山(しのだやま)駐屯地の記念行事に参加しました。
昨年は3月11日に発生した東日本大震災の人命救助、復旧の災害派遣のために中止になり2年ぶりの創立記念行事となりました。

ゴールデンウィーク中にもかかわらず1万人以上の人が訪れ、いかに地域の人たちに自衛隊や駐屯地が支持されているか物語っています。

毎年のように開催され、1万人以上集まる規模の行事であり、私たちのくらしを守ってくれている自衛隊の行事であるにもかかわらず新聞やTVで報道されないのは何故なんでしょうか?「そんなことやっているなんて知らなかった。わかっていたら行きたかったのに。」という声も聞こえてきます。

一般公開のゲート開場は午前9時。それに先駆け来賓として招待されていた私たちは8時半の受付時間に合わせて駐屯地に行きました。ちょうど、朝のラッパ演奏が始まるところでした。

緊張した面持ちで懸命に心を込めてラッパ演奏する自衛官。演奏が終わると、開門を今か今かと待って行列を作る市民の皆さんの拍手が遠くから聞こえて来て、自衛官から思わず笑顔がこぼれました。

ラッパ演奏の動画はこちら

観閲式に先立ち、修史館にて感謝状贈呈式がありました。歴代の駐屯地司令の写真が並ぶ幹部集会所となっている修史館。明治時代に北白川宮成久王殿下の執務室として建設され、戦前は将校集会所、昭和20年から昭和32年までは米軍の海兵隊下士官養成学校として使われてきた建物は多くの歴史を見てきたその存在自体が一級の文化財です。

鷺岡会長には大阪防衛協会青年部会の会長として駐屯地を支援してきたことに駐屯地司令古庄信二一等陸佐より感謝状が贈られました。

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その後グランドで観閲式、太鼓演奏、ラッパドリル、訓練展示が行われました。
残念ながらマスコミによる報道はほとんどありませんが、最近ではブログやyoutubeなどで投稿する方も多く、「信太山」、「55周年」などのキーワードで検索すれば訓練展示の様子を動画で知ることが出来ます。

訓練展示とは、空砲による実戦演習のことで、敵に占領された場所を取り戻す想定で作戦が繰り広げられます。

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その後、体育館で信太山自衛隊協力会が中心となり祝賀会食が執り行われ多くの支持者が参加しました。エア遊具や模擬売店も多く並び小さな子どもから大人まで楽しみながら自衛隊のことを身近に感じる工夫がなされていました。

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今回は、友人に記念行事の開催を案内したところ参加してくれました。その方から感想をいただきましたので掲載します。(本人の掲載許可をいただいています。)

『信太山駐屯地を訪れて』
日頃足を踏み入れることのできない駐屯地での55周年イベントへ行ってきました。
テレビでしかみたことのない暗視装置や銃器類を目の前にして、不謹慎とは思いますが、若干興奮。
傍らでは、制服姿の隊員の方々の野外売店や子供対象の制服試着などもあり、家族連れも楽しめるよう工夫されていました。

訓練展示と称して、実戦さながらの模擬作戦が行われましたが、戦車からの砲弾の衝撃があんなにもすごいものだったとは…。
隊員の方が話されていて印象に残った言葉があります。『…我々は訓練させていただいてますから』
あってはいけないけれど、有事の際の訓練をしてもらっているのに、そういう謙虚な言葉がでることに感動しました。

昨年起こった大震災での活動状況が隊員さんの厚生センター内の売店横に貼られていました。寒い季節に膝上まで水に浸かって作業する隊員さんや被害にあった方の遺体を運んでいる写真… 遺体の洗浄もされていたの を、そこで初めて知りました。恥ずかしい限りです。

北朝鮮を初めとする周辺諸外国の脅威にさらされている本国ですが、自衛隊が出動することのないよう、政治屋のセンセたちには、きちんと舵取りをしていただきたいと切に願います。

☆秋田さんへ
今回のイベントで貴重な経験ができました。イベントを教えてくださってありがとうございます!

大阪防衛協会青年部会
秋田和孝

かすみがうらマラソン参戦・土浦駐屯地自衛官激励 

カテゴリ:陸上自衛隊

4月15日大阪防衛協会青年部会駆け足同好会の事業として表記のマラソン大会に参加する。
この大会は土浦駐屯地のお膝元で多くの自衛官も大会に参加していると聞き及ぶ。

もちろん設営や当日の運営にも我らの誇りである自衛隊が参画され、休日だと言うのに任務を遂行される隊員の方々には頭の下がる思いである。
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スタートの前に自衛官の姿を見つけ、持参した横断幕とともに記念写真を撮る。大阪から来てこのように激励にきたことに対し彼ら自衛官の方々驚いておられた。
「休みの中の勤務ご苦労様です」というとはにかみながら「ありがとうございます」という自衛官の姿は晴天の中ひときわ輝いていた。

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そのあと横断幕を競技場内ゴール手前のバックストレート付近に掲示する。
多くの方々が「いいことしはるなあ~」「私らも自衛隊大好きだっぺ」「私の旦那自衛官なんよ」とかいろんな言葉をかけていただく。

本マラソン大会開催地の土浦市長の中川氏も自衛隊に対する理解者で過日お酒を飲みながらお国のために一緒に支援していこうと約束した記憶がある。

自衛隊を激励にきたつもりが彼らに逆に元気をいただきこの日のタイムは3時間44分51秒の自己新記録。
僕らの誇り自衛官が見守ってくれる大会と意識したら実力以上のタイムが出た。。

何かの力がはたらきずっと私の背中を押してくれた。これぞまさに神風なり。。。。

3.11東日本復興支援チャリティーイベント 

カテゴリ:陸上自衛隊

今回の日記は副会長の 辻輝也 が書かせていただきます。。

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東日本大震災の発生から丁度1年を迎えた平成24年3月11日。この日が日曜日であったこともあり、全国各地で追悼行事やチャリティーイベントが開催されました。

大阪防衛協会青年部会では、自衛隊の災害派遣活動を紹介すべく、チャリティーイベントにブース出展をさせて頂きました。

思い返せば、昨年の3月13日(日)に、我々大阪防衛協会青年部会は渾身の一大事業「OSAKA防衛・防災フェスティバル2011」を大阪南港ATCにて開催を計画しており、実施まであと2日という時に大震災に見舞われ、中止を余儀なくされました。

今回、防衛・防災フェスティバルの際にご縁を頂いたATCさんより、3月11日のチャリティーイベントへの自衛隊ブースの出展の打診を頂きました。


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聞くところによりますと、高校生達が被災地・被災者のために、自分たちも何かしたいという思いから始まったイベントであるということ、ATCさんとしても趣旨に賛同し無償で場を提供されておるということ、今まで5回継続的に実施してきているということでした。

そのようなイベントであればこそ、災害派遣で大活躍した自衛隊の活動を振り返り、紹介することは大変意義深いことと考え、自衛隊大阪地方協力本部の協力のもと、ブース出展をさせて頂く運びとなりました。
このイベントは「Sing For The Future in 咲洲」と題し、軽音楽部の高校生が中心となって、歌で被災者に元気を送ろうという趣旨のもと、33校約600人が歌や踊りを繰り広げました。

今回は宮城県の高校生を招き合同演奏も行われたということでした。
我々のブースは、自衛隊の災害派遣の様子をダイジェストで伝えるビデオ上映、パネル展示、災害派遣されたものと同機種の車両展示、自衛官の制服試着コーナーで構成しました。

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高校生達は自分達の演奏で忙しいのか、思ったほど足を運んでくれませんでしたが、高校生達の演奏を見に来た家族や、ATCに来場した家族連れや買い物客に訪れて頂き、自衛隊の活動紹介をすることが出来ました。

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特に制服を試着しての記念撮影は人気を博し、一時行列が出来るほどでした。
小さい子供達が制服を着て敬礼をする姿は大変微笑ましく、家族も皆笑顔になってシャッターを切っていました。

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震災から1年となる重要な日に、大阪防衛協会青年部会として自衛隊の紹介を出来たことは非常に意義深いことでした。何よりこのイベントを高校生が自発的に始めたということが嬉しかったです。

災害派遣において自衛隊は、人命救助、行方不明者の捜索、給水・給食・医療・入浴支援、物資輸送、瓦礫撤去、道路啓開、そして決死の原発冷却作業と多方面で活躍しました。
そして、その中には音楽隊による演奏活動というものもありました。今回、高校生達が音楽でエールを送ろうと行動したのは誠に的を射ておると思います。

音楽は心の栄養になります。高校生達、お疲れさんでした。我々も機会を頂いてありがとう。また、今回のブース出展に際し、大変お世話になった自衛隊大阪地方協力本部の皆さん、そしてATCの皆さん、誠にありがとうございました。

陸上自衛隊第3師団銃剣道大会 

カテゴリ:陸上自衛隊

 
今回の日記は担当の副会長 辻輝也 が書かせていただきます。。。

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3月1日(木)、陸上自衛隊千僧駐屯地において標記の大会が実施されました。
第3師団は近畿2府4県を担任する部隊ですが、大阪防衛協会青年部会としては、今回は特に大阪府の防衛警備・災害派遣等を担任している第37普通科連隊(信太山駐屯地)を応援するべく、鷺岡会長と共に千僧駐屯地を訪れました。

大会は午前から午後に亘って実施されるとのことですが、我々は午後の部を観戦させて頂く予定で正午前に千僧駐屯地に到着、観戦に先立って、我らが大阪代表の37連隊古庄連隊長と昼食を共にさせて頂きました。

そこで、冒頭よりショッキングな報告が。実は午前中の2試合で勝負あり!第7普通科連隊の優勝が決まってしまったということでした。

第3師団隷下の普通科連隊は3つ。大阪府和泉市の信太山駐屯地の第37普通科連隊、兵庫県伊丹市の伊丹駐屯地の第36普通科連隊、そして今回17年振りの優勝を果たした京都府福知山市の福知山駐屯地の第7普通科連隊です。

この3チームが総当たりで優勝を争った訳ですが、午前中の2試合で第7連隊が、36連隊と37連隊両方に勝利し、優勝を勝ち取ったということでした。
普通科というと高校の普通科みたいな響きでおとなしい印象を持ちますが、歩兵部隊の言い換えです。ですので、銃剣道のような白兵戦においては普通科連隊が最強ということになります。

この大会において37連隊は昨年、一昨年と優勝の栄冠に輝いていたそうですが、今年は午前中の段階で優勝旗の返還を余儀なくされる事態に陥ったのは誠に残念でした。

会食を終え、会場である体育館に移動。
体育館に足を踏み入れると、鼻を衝く男臭!防具に染み入った汗に起因すると思われますが、相当パワフルな臭いでした。我々が案内されたのは体育館の舞台上に設置された特別席でした。

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舞台中央前方に師団長の席が設けられておりました。ほどなくして、番匠師団長がご入場され、師団長に大会の開始報告がなされます。

我々は壇上から見ていたのですが、鷺岡会長は闘魂に火が着いたのか、試合場間近での観戦を希望され、我々は舞台をおり、37連隊の応援団の中へと案内されました。

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いわば、バックネット裏からフィールドシートに移ったような感じでしょうか。37連隊と36連隊の2位決定戦という試合でしたが、両陣営とも大声で応援を繰り広げ、非常に熱気溢れる試合でした。

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銃剣道とは銃剣による武道ということになりますが、本物の銃剣を使う訳ではなく、銃剣を模した木刀が用いられています。防具は剣道のものに近いですが、試合の雰囲気は剣道よりも殺気に満ちており、やるかやられるかという緊張感がひしひしと伝わってきます。

突き技しかないというところが、そう感じさせるのかもしれません。防具を着けていても相当強烈な突きが何度も繰り出されておりました。

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試合は一進一退を繰り返し、非常に接戦でしたが、後半負けが込んできたのを終盤の反撃で取り返すことが出来ず、残念ながら王座から3位に転落する結果となってしまいました。

37連隊に関しては残念な結果に終わりましたが、陸上自衛隊の精鋭振りを間近に確認できるいい機会となったことを非常に喜んでおります。選手の皆さん、応援団の皆さん、本当にお疲れ様でした。

※第3師団のホームページにも写真が多く掲載されています。
http://www.mod.go.jp/gsdf/mae/3d/zyuukendou23.html

日米共同方面隊指揮所演習(YS-61) 

カテゴリ:陸上自衛隊


今回の日記は副会長の 辻 輝也 が書かせていただきます。。

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2月1日、鷺岡会長とともに陸上自衛隊伊丹駐屯地を訪れ、日米共同方面隊指揮所演習を見学させて頂きました。この演習はYS-61と称されております。YSとはコードネーム「ヤマサクラ」の略称で、ヤマは在日米陸軍のシンボルである富士「山」、サクラは陸上自衛隊のシンボルである「桜」から来ています。

YS-61の61は、61回目の訓練という意味です。昭和57年から実施された当訓練は毎年日本で1回、アメリカ(ハワイ州)で1回の計2回実施されて来ております。中部方面隊での実施は今回が3回目とのことでした。

今回の訓練は、日本側が荒川龍一郎中部方面総監を統裁官として、中部方面総監部、第3師団、第10師団、第13旅団、第14旅団、方面直轄部隊等、総勢約4,500名、米国側がフランシス.J.ワーシンスキー米太平洋陸軍司令官を統裁官として、米太平洋陸軍司令部、在日米陸軍司令部、米第8軍、米海兵隊等、総勢約1,500名の参加のもと、1月31日から2月5日まで6日間にわたって実施されます。

伊丹駐屯地のグラウンドには所狭しと緑色のテントが張られ、野戦の基地さながらでした。とは言え、指揮幕僚活動を訓練するのが目的ですので、実際に戦車やヘリコプターを使って訓練する訳ではありません。
戦闘は仮想空間、すなわちコンピューター上で行われます。

中身までは詳しく教えて頂けませんでしたが、中部方面! !��の担任地域が他国に侵略されたという想定で訓練がなされているようです。敵を赤部隊、味方を青部隊として、コンピューター上ではありますが、ガチンコ勝負をするということです。6日間のうちには戦況が変わる局面も多々あるとのことでした。

キャンプ地には鉄条網が張り巡らされ、ゲートではセキュリティーチェックを受けなければなりません。携帯電話とカメラは持込不可で、受付で預けることになりますが、我々は荒川総監と住田幕僚副長との記念写真に限って撮影が許可されました。

ゲート横には検疫所があります。ここでコンピューターやメモリーのウイルスチェックを受けるとのことでした。コンピューターを用いての訓練ですのでウイルスは命取りになります。また軍事機密が漏洩することは絶対に避けなければなりません。

ゲートを通過し、まずは住田幕僚副長を訪問。住田幕僚副長は山口高校のご出身で、当日ご一緒させて頂いた山口県防衛協会青年部会の馬越幹事と同級生の間柄。また、同じく同行させて頂いた山口県防衛協会青年部会の竹中会長にとっては先輩だということ。

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山口高校は名門のようです。という訳で、大変気さくに我々4人をテントの中に招き入れて頂きました。この日は寒風吹き付ける厳しい天候でしたので、暖房機器でテント内は温められているものの、天幕がパタパタとはためき、野戦の基地であるということを我々に痛烈に思い知らせてくれました。テントの中には簡易ベッドも配置され、訓練期間中はテントで寝泊まりするということでした。

次に、この訓練の日本側の統裁官である荒川中部方面総監のテントを訪問させて頂きました。荒川総監は大阪防衛協会青年部会の設立時に大阪地方協力本部長(当時は大阪地方連絡部)を務められていたので、当会鷺岡会長とは旧知の間柄。

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非常に気さくで豪放磊落でありながら、ポイントを抑えたセンスの良さは皆が絶賛するところです。この日も総監の椅子に座っての記念写真などサービス振りも満点。また、この訓練についての面白い話も色々と聞かせて頂きました。

お二人の訪問を終え、一旦訓練地域を退出。バスに乗りブリーフィング会場に向かいます。ここからが本来の研修プログラムで、約30分のブリーフィングと約1時間の各施設研修で構成されています。ブリーフィングでは先述したような今回の訓練の概要が語られます。

但し、手元に用意された資料は持ち出し禁止ということでしたので詳述は控えます。訓練に関連して、親善行事も行われるとのことで、陶芸、茶道、書道、座禅といった日本文化体験やソフトボールでのスポーツ交流、また、大阪城清掃ボランティアやホームビジットも行われるそうです。

今回の研修に参加して強く感じたことが2つ。ひとつは日米同盟が非常に重要なものであるということ。2つ目は日本の自衛隊の実力は相当なもので、米軍がパートナーシップを組むに値する世界でも数少ない部隊であるということです。

軍事費や防衛費が引き下げ基調にあることは両国共通の課題。それは経済が停滞し税収が伸び悩む中にあってはある程度避けられない一面があります。さりとて、世界各地、いや我が国の排他的経済水域内や近隣諸国、また重要なシーレーンで不穏な動きが頻発している現在、防衛より福祉なんて寝とぼけたことを言っている場合ではありません。国防が最大の福祉なのです。

今回の研修に際しては、超ご多忙な中、中部方面総監部広報室の小倉室長に段取りや案内に奔走頂きました。お陰様で大変意義深い時間を過ごさせて頂くことが出来ました。心より感謝申し上げます。