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関東地区防衛協会青年部会連絡協議会第1回研修大会 

カテゴリ:全国防衛協会連合会青年部会

3月3日表題の事業が陸上自衛隊関東補給処霞ヶ浦駐屯地にて執り行われた
私ども近畿ブロックと同様に関東地区でも新たに地区連絡協議会が発足し、その記念すべき第1回大会である。
大阪から新幹線を乗り継いでなんとか現地に到着する。

霞が関駐屯地は大正時代に霞ヶ浦海軍航空隊が設置され昭和14年には海軍飛行予科練習部(いわゆる予科練)が横須賀から移転し翌年土浦海軍航空隊が設置された場所であり現在は陸上自衛隊の後方支援を任務とする関東補給処及び第101、全般支援隊並びにヘリコプターのパイロットや整備員を養成する航空学校霞ヶ浦校、首都圏の防空を任務とする航空自衛隊第1高射群第3高射隊と、それらを支援する諸部隊が配置され、自衛隊の中でも重要な駐屯地の一といわれています。

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記念式典は国歌斉唱の後、主催者代表として関東地区防衛協会青年部会連絡協議会会長の完賀浩光氏が歓迎の挨拶を述べられ、来賓として中川清土浦市長が自身の言葉で国のまもりの大切さをしっかりと語られた。
中川市長はその後の懇親会や2次会にも参加されどんと腰の据わった見識高い人物であること確信する。
そのあと全国防衛協会連合会青年部会会長の中村光良氏が奈良のお水とりの話と防衛の話を上手に絡めてお話されていました。

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(写真は駐屯地HPより引用)

自衛隊からの来賓として第9代関東補給処長兼ねて第35代霞ヶ浦駐屯地司令の平野治征陸将が挨拶された。
「私は青年が大好きです。。。。」「その青年の心を持った人が大好きです。。。」
この髭を生やした将軍は懇親会の挨拶ではいきなり歌を歌い出す。。。2次会もしっかり最後まで付き合う。。
青年部会のメンバー一人ひとりと目線を合わせて防衛の話をする。。
(心も体も大きな軍人である)

平野閣下は15年前にパキスタンの日本大使館に防衛駐在官としていた。イスラムでは髭は男にとって力の象徴なので自身も髭を生やしていたらしい。自分の言動と顔に責任があるため今は指揮統率上剃れないと界隈でおっしゃっておられる。(かなり面白い方である)さすが2000名の隊員のいる駐屯地のトップである。

駐屯地にて総務部広報班長の林博久2尉から駐屯地の概要とその役割をブリーフィングいただいた。
地味な仕事であるが有事の際は兵站は最も大切な業務であることが再度理解できる機会であった。

記念式典終了後慰霊祭として土浦駐屯地武器学校にある予科練隊員の慰霊碑に会員一人ずつ献花を差し上げた。
慰霊の辞と「高松宮妃殿下御歌」の献歌(海原に はた大空に散り華せし 君ら声なく 幾春やへし)、予科練習生遺稿の朗読、そして最後に「若鷲の歌」をみんなで歌い英霊に私たちは皆さんの魂を引き継いでお国の為に頑張っていることをお伝えさせていただいた。

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若鷲の歌

熱い血潮の予科練の七つボタンは桜に錨
今日も飛ぶ飛ぶ霞ヶ浦にでっかい希望の雲がわく

燃える元気な予科練の腕はくろがね心は火玉
さっと巣立てば荒海越えて行くぞ敵陣殴りこみ

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(山本五十六元帥の像)

大会懇親会は明治22年創業、山本五十六元帥やリンドバーグも通われた料亭の霞月楼にて行われた。

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女将さんの案内で海軍の方々が戦地に赴く前にこの料亭で意気を高められたこと思い思いに店の屏風に落書きをされたことその現物も披露していただいた。まさにタイムスリップをしたかのようであった。春駒という字が反対なのは鏡字にして帰り駒として戦地から無事に帰れるように縁起をかついだのではないかといわれているらしい。

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平野閣下以外にも多くの指揮官の方々と懇親する時間があった。
土浦駐屯地司令の若月寿一陸将補は穏やかな話しぶりであるが実に頭脳明晰、論理の通ったお話と我が国の安全保障についての問題意識を喚起させてくれるいいスピーチでした。

百里基地司令の荒木淳一空将補は隣の席で酒を酌み交わしながら茨木空港等の地域企業との折衝の大変さや基地の役割などをご教授いただいた。

陸幕広報室長出身の第1施設団長兼古河駐屯地司令の岸川公彦陸将補はさすが広報畑で自衛隊の活動をいかにどのような乗り物を使って社会に知ってもらうか、伝播をさせることの大切さをお話いただいた。
知情意ともにすぐれた人当たりのいい将官でこの方と話をするとどんな者であっても心を開いてしまうであろうと思った。。

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食事の内容も素晴らしく志同じくする仲間との飲食は時間を忘れてしまう。
本日ご教授いただいたこと学んだこと体で感じたことを広く伝えていこうと心から自分に約束をし茨木から夜行バスにて帰阪した(これはかなりきつかった・・・・しかし37普通科連隊のハイチにいる自衛官のことを思えば全然大丈夫と我慢したぜ・・・)
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