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近畿ブロック防衛協会青年部会連絡協議会第5回青年研修大会 

カテゴリ:全国防衛協会連合会青年部会

今回の日記は理事の秋田和孝が書かせていただきます。

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平成22年11月21日(日)和歌山にて近畿ブロック防衛協会青年部会連絡協議会第5回青年研修大会が開催されました。大会テーマは「高めよう防衛意識 広めよう国際協力~日本の安全と世界平和のために~」です。

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近畿ブロック協議会と言うのは近畿2府4県の防衛協会青年部会の連絡調整機関として4年前に設立され現在は私ども大阪の鷺岡会長が全国防衛協会連合会青年部会の副会長を兼ねて代表を務めています。

記念講演として海上自衛隊幹部学校副校長福本出(ふくもといずる)海将補から「海の友情」という演題で講演をいただきました。

式典では鷺岡会長の「現在の安全保障の諸問題を政治や人のせいにするのではなく一人称で、自分自身の問題ととらえ自分たちのできることから行動していきましょう」との力強い挨拶のあと荒川龍一郎中部方面総監の祝辞、中村光良全国防衛協会青年部会連合会会長の祝辞、和歌山県、和歌山市からの御代表の祝辞をいただきました。

そのあと各府県防衛協会青年部会の活動をわかりやすくビデオで紹介し、前会長中村光良氏への感謝状授与、次年度開催地の兵庫県防衛協会青年部会の三津会長の挨拶と続き式典は終了いたしました。

そのあとの懇親会では陸上自衛隊信太山駐屯地から音楽同好会の皆様のジャズの素晴らしい演奏から始まり祝宴に花を添えていただきました。自衛官の方と一緒に美味しい和歌山の海の幸、お酒を共に飲み交わし、日本の防衛について熱く語りました。若いエネルギーで会場がさらにヒートアップしていたのが印象的でした。

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自衛隊の協力により会場のホテルの駐車場には94式水際地雷敷設装置(94しきすいさいじらいふせつそうち)という有事には敵の上陸を防ぐための水陸両用車はじめ、高機能車両などが展示されていました。

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陸上自衛隊中部方面総監荒川龍一郎陸将、海上自衛隊阪神基地隊司令山本高英海将補、航空自衛隊幹部候補生学校校長古賀久夫空将補はじめ多くの自衛官に臨席賜り盛大な大会となりました。主管いただきました和歌山県防衛協会青年部会の皆様ありがとうございました。

昨今の国境を巡る緊張状態の中で国防は自衛隊任せではなく、わたしたち国民一人ひとりが「自分たちで自分たちの国を守る」意識を持ち行動することの大切さを改めて感じました。

普段、平和の素晴らしさに気づかぬほど安穏と平和な生活を送っていますが、こうして時には日本の平和を守ってくれている自衛官の話を聞くことで、平和は当たり前でないと気づくことが出来、平和を守るためには他人任せではいけない、自分が何かしなくてはいけないと心新たに感じる良い機会だと強く思いました。

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大阪から参加したメンバーで記念写真を撮りました。


(講演内容)

昭和60年(1985年)3月、イラン・イラク戦争のこう着状態にイラついたイラクのサダム・フセイン大統領が48時間以内にテヘランに無差別攻撃を開始すると突如宣言しました。 イランのテヘラン空港には国外脱出を急ぐ外国人であふれ、各国が自国の大使館職員、民間人を脱出させるべく民間機、軍用機を駆使して脱出させます。

一方、日本では自衛隊機の国外派兵は違憲だとか、日本航空の民間機を飛ばしたらパイロットの安全は保証できるのかと組合が反発するなど、議論ばかりでタイムリミットの3月20日午後二時(日本時間)が刻々と近づきます。

手をこまねいていた日本に救いの手を差し伸べたのはトルコでした。自分たちの国民は陸路でも帰る事が出来るからと、わざわざトルコ航空の民間機を日本人のために提供してくれ、取り残されていた日本人215名がテヘラン空港を飛び立ったのはタイムリミットのわずか1時間15分前でした。

どうしてトルコが?ODAなど見返りを期待しているのでは?何か裏があるに違いない。当時はそんなトルコの親切を懐疑的にとらえるマスコミもあったそうです。
「日本人は忘れているでしょうが、1890年9月16日にトルコ軍艦エルトゥールル号遭難時に日本人から受けた恩義のことを知らないトルコ人はいません。」そうトルコ人から聞かされ日本人は恥ずかしく顔を赤くしました。

「トルコ人は百年の恩義を忘れない。」今でも小学校の教科書に載っているそうです。
普通はここまでの話ですが、海上自衛隊としては続きがあります。

1999年8月17日、17,000人の死者を出した大地震がトルコを襲います。
阪神淡路大震災の被災地神戸市から仮設住宅500戸の無償提供の申し出があり、トルコに打電しますが、「申し出は大変ありがたいが、今、トルコは混乱し、輸送するすべも無く、お金もない。」と返事。 ここで、当時は空母建
造かと揶揄された海上自衛隊の輸送船「おおすみ」はじめ「ぶんご」「ときわ」が500戸の仮設住宅を途中無帰港でトルコに届けます。

明治時代にエルトゥールル号の69名の生存者とともに、5000円(今の貨幣価値で1億円)の義捐金を集めた山田寅次郎が軍艦「比叡」「金剛」に乗ってトルコに行きました。その時に山田寅次郎が見たオスマントルコのドルマバフチェ宮殿前が今回も自衛隊の艦の特設係留場所になったそうです。

任務を終えた自衛隊の艦を岸壁を埋め尽くすこどもたちがトルコと日本の小旗を振り見送ってくれました。口々にトルコ語でなにやら大きな声で唱和しています。 トルコと日本のいつまでも変わらぬ友情を唱和していたそうです。


秋田和孝

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