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ハイチ国際緊急医療援助隊隊員によるブリーフィング 

カテゴリ:中部方面総監部

*今回長文です。読みにくい部分あろうかと思いますが御容赦ください

4月22日私たち大阪防衛協会青年部会は陸上自衛隊中部方面総監部広報室の協力のもと安全保障に関する勉強会を実施いたしました。内容は本年1月に発生したハイチ地震における国際緊急援助隊派遣について新聞等の報道では伝わらない、直接関わった現場の自衛官の皆様のお話を聞かせていただきました。

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代表してブリーフィングいただいたのは中部方面衛生運用幹部の朝倉健一3等陸佐です。
衛生科の任務は傷病者を収容し治療を行うこと、隊員の健康を良好に維持するための技術援助で各部隊の人的戦闘力を最大限に発揮できるよう各部隊を支援するというあまり目立たない裏方の任務です。

朝倉3佐は今回の緊急医療援助隊派遣時は衛生運用幹部として隊の全般業務を企画されていました。
ブリーフィングは①隊の活動実績 ②医療援助実績 ③渉外(対外調整)④現地写真 ⑤教訓事項と内容を分けてわかりやすくスライドと映像を使って説明いただきました。
今回のハイチでの国際緊急医療活動隊は第13旅団(司令部:海田市駐屯地)を基幹に編成され、1月23日から約3週間、ハイチ共和国(ポルトープランス西約40キロにあるレオガンの看護学校)において、医療援助活動を実施しました。

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日本の真裏に位置するハイチは中南米の最貧国であり活動が行われた現地は年中、日本の真夏のような気候で湿度も連日60%以上あるような高湿地帯でもあり、隊員はニワトリやヤギが放し飼いの大学の寮に7張りの天幕を張って寝泊りをする生活だったと聞きます。当然隊員の体力の消耗も激しく昼間は休憩を取りながらの活動となることもあったそうです。隊員の方が実際にご労苦に感じられた点として以下の点を述べられていました。

・給水制限
・言葉の壁(現地の方とのコミュニケーション)
・蚊とハエなどの害虫や鶏の鳴き声など
・情報が不足
・帰国日程が直前まで未確定であること

しかしながら派遣隊員全員が帰国後には日本(自衛隊)の代表として任務を完遂し、国際貢献ができたことは光栄であると言っておられたそうです。

ブリーフィング終了後は小グループに分かれて実際にハイチに派遣された衛生補給担当幹部の方や実際に治療に従事された医官、看護官の方も参加いただき、現場での貴重な体験をお話しいただきました。それについての意見交換や質問も活発に行われ、そのあとの懇親会でも会員は食事よりも隊員のお話に興味があり、最後まで活気のある会となりました。与えられた任務を遂行する苦労や現地での体験は関わった本人だけにしかわからず、その貴重な話を一言一句聞き洩らさないよう私たち会員もしっかり耳を傾けていた様子が印象的でした。

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■今回の国際緊急医療援助の内容

① 2010年1月12日午後4時53分(日本時間1月13日午前6時53分)ハイチ地震発生。マグニチュード7.0、被災 者370万人、死者22万2500人以上、行方不明者約5万9000人、負傷31万人、避難者数約224万人、倒壊住宅10万5000  戸、(震源地近くでは建物の8~9割が損壊)震源地は首都ポルトーフランス郊外約15キロ(その後も断続的な余  震。20日にはマグニチュード5.9規模の地震)との情報。ハイチ政府より支援要請をうける。

②20日さまざまな事前調査と準備を執り行った後、自衛隊のハイチ国際緊急医療援助隊(JDR)の派遣命令発動。広島 県海田市駐屯地で派遣部隊約100人が編成完結する。(医官14名、薬剤官3名、看護官等24名、うち女性12名)

タイキ


③21日陸上自衛隊のJDR派遣部隊が成田よりチャーター機でマイアミにむけて出国。マイアミからは航空自衛隊のC-130 H輸送機にて現地に入る。

クウジ飛行機


④地震発生から1週間後の1月22日にハイチ入りをする。JICAの後を継いで1月23日から医療支援が始まる。(これは通 常の海外派遣にくらべかなり迅速な準備がされたといわれる)

診療

⑤1月31日にはPKO部隊の先遣チームと合流する。国際平和維持活動が目的のPKO部隊の展開を緊急医療援助隊が支援す る形は今までにはなかったといわれる。

⑥2月12日に防衛大臣から国際緊急援助活動の終結に関する行動命令を受け、13日(現地時間)の活動をもって医療活 動を終結しました。活動終了に伴い、18日に政府専用機で広島空港に帰国する.

帰還式


■質疑応答やグループ別意見交換会の中での内容と私の感想

国際緊急援助活動とは海外の地域特に発展途上にある海外の地域において大規模な災害が発生した場合などに災害を受けた国の政府の要請を受けて日本政府が行う緊急の援助である。(国際緊急援助隊派遣に関する法律 1987年9月)救助活動、医療活動、災害応急対策及び災害復旧の為の活動が主となっている。

今回のハイチでの緊急援助は医療部隊のみで総計2954名の受診者があり、総員45名の治療隊で1日150~200名の患者の内科と外科の診療を行い、医薬品は2000~3000名分を用意されたそうです。
ジャパンホスピタルは海外ではとても信用があり、開業時間前から常に行列ができていたそうです。
医療施設の入り口は国連軍のパキスタン軍が警護されていました。

実際に治療に従事された若き医官の方はハイチの方々の期待が予想よりも大きいために日の丸をつけての治療は大きなプレッシャーであり、しかしながらそれが責任感となり過酷な環境のなかでもひとりでも多くの患者を治療するエネルギーになったとおっしゃっておられました。

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医療活動開始の時点では震災から時間がたっていたこともあり、外傷患者も比較的少なくなってきており、内科系や野外生活によるストレスを言われる患者も続出、そのような患者も診察を行ったと聞きました。困っている人がいれば一人でも多く助けたいという自衛官の思いは夜間バイク事故で運ばれてきた外傷者も終結直前まで治療を行ったとおっしゃっていました。

国際緊急援助の内容は応急治療などの医療活動以外にも物資や被災民の輸送活動や浄水装置を用いた給水活動なども含まれます。緊急医療援助隊はこれまでの国内の災害派遣で培った経験と自衛隊ならではの自己完結能力をいかんなく発揮し、最終的に日本赤十字にバトンをつなぐ形で任務の完遂といえる素晴らしい成果を上げました。

支援終了のタイミングがどの支援活動でも大変難しく現地での医療体制の復旧度合いや患者数などを勘案して2月13日に任務終了となった。

今回マイアミからハイチまでは第一輸送航空隊が人員、物資の輸送を行いました。これぞ長年自衛隊が目指していた統合運用の成果であり、今年で4年目の運用の真価がこのたび発揮されたことは自衛隊にとって、また我が国の防衛施策にとって大変意味のあることであると考えられる。

また今回政治主導ですみやかに派遣が決定し部隊が短期間で現地入りし、その任務を完遂したことに大きな意義があると思います。一般的にあまり知られていないが自衛隊では今回の様な派遣要請に備えて航空自衛隊がC-130 海上自衛隊は輸送艦「おおすみ」がいつでもこのような事態に派遣できるよう準備しています。

またそれぞれの方面隊が輪番で要員を準備し、その為の訓練や準備を日頃から行っています。まさに「そなえよつねに」です。また実際に派遣される隊員の準備だけではなく派遣までの周到な対外調整や統合連絡調整、現地連絡員の支援ならびに残留部隊の家族支援・業務の代行などのサポートが派遣隊の任務遂行の成否の決定のほとんどを占めるということはあまり知られていません。正に段取り八分、自衛隊の真骨頂といえよう。

訓練紹介

心ない一部の国民から何のためにハイチまで・・・といった声を報道で聞くことがある。そもそも我が国は何のためにこのような救援活動を行うのか、この部分が一番肝要と考える。派遣される隊員は自衛官として命令に従いその任務を完遂することが使命である。それではその命令は何のために下されるのか。

私見ではあるが一言でいえばそれは「国益」にほかならない。安全保障のグローバル化、インターネットの発達や綿密に絡み合った国際経済の相互依存性など複雑な国家間の関係の中で、ハイチでの災害や他国の紛争が我が国に甚大な影響を与えることが直接ならびに間接的に予想されることもあり国際社会の安定が我が国の平和と安全に密接に結びついているということはイラクの復興支援活動でも言われた通りの周知の事実である。

国際社会の安全の改善の為に我が国が国策として寄与することは我が国の国益を守ることにつながることは言うまでもない。今回の医療援助はアメリカとカナダ軍の医療部隊と役割分担をしながら活動しました。ハイチはアメリカの裏庭と呼ばれ今回は対米協力として日米安保にも寄与したとも考えられる。ひいては自衛隊の能力を国際社会に示すことができ、我が国の信頼を向上させることにもつながったとも考えます。

イラクに行かれた佐藤正久議員の受け売りにはなるが、自衛隊は日頃の厳しい訓練の中で培われた錬度の高い隊員とその隊員の資質はこのような厳しい環境下での規律正しい行動や被災者に対する思いやりあふれた対応としてジャパンイニシアチブとなり、国際社会の信用と信頼をかちえるものとなっている。

今回の勉強会のお話や参加いただいた医官の方を代表とする現場の方々の話を聞き、私は自衛隊の持つ貢献能力は世界最強であり、それが他国からの抑止となり、我が国の国益に大きく貢献しているものと確信する。そして最も忘れてはいけないのが国民の激励が彼らの活動のエネルギーになるということで、私たちは他国の地で今も汗を流す自衛官とその裏方の方々に心より敬意をはらい、多くの国民に彼らの活動を正しく伝えることが、私たちが日本国を大きな意味で守ってくれている自衛隊に出来る御恩返しであると考える。

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(ブリーフング参加者氏名)
・中部方面衛生隊衛生運用幹部    朝倉健一 3等陸佐 
・中部方面衛生隊本部付隊長     梶原功勢 3等陸佐
・中部方面衛生隊野外病院隊医官   千田将光 2等陸尉
・阪神病院 看護官            高橋和代 1等陸尉
・中部方面総監部防衛部運用班長    野村昌二 2等陸佐
・中部方面総監部装備部輸送班長   高橋茂洋 2等陸佐
・中部方面総監部航空連絡官      名取 恭 2等空佐

*陸上自衛隊中部方面総監部のHPより写真を一部借用しています。

文責:大阪防衛協会青年部会
   会長 鷺岡和徳






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