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信太山駐屯地創立53周年記念行事 

カテゴリ:陸上自衛隊

4月29日信太山駐屯地に於いて記念行事がとりおこなわれた。
朝方まで春雷ともいえる雨風が吹きまくっていたのだが開門のころには快晴となる。この日を楽しみにしている来場者と駐屯地の隊員1000余名の思いが天に通じたのであろう。

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信太山駐屯地は、日清・日露戦争において勇名を馳せた旧陸軍野砲兵第四聯隊が、大正8年11月に大阪法円坂より移駐し終戦まで駐屯し、終戦後の昭和20年から昭和32年までは米軍が駐留し、海兵隊の下士官養成学校として使われていましたが、昭和32年9月、陸上自衛隊信太山駐屯地として開設されました。

駐屯地の面積は約20万平方メートルで甲子園球場の約5倍の広さがあり、第17代履中天皇の皇子である市辺押歯皇子の墓といわれる鍋塚を中心に、各隊舎、厚生センター、体育館が整然と配置される緑が多い駐屯地でもあります。

また旧軍時代からの建物も数多く残っており、特に旧将校集会場は野砲兵第四聯隊が大阪法円坂より移駐時に、明治天皇の娘婿であられる当時の第一大隊長、北白川宮成久王殿下の執務室として建設され、その後終戦まで将校集会場として使用された建物で、歴史的価値も高く、現在では修史館(資料館)兼幹部集会場として使用されています。
(以上HP参照)

音楽隊の演奏から始まった記念式典にはグラウンドを埋め尽くすくらいの人が自衛隊員の雄姿を一目見ようと集まった。

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37普通科連隊連隊長兼ねて信太山駐屯地司令の大庭秀昭1等陸佐の観閲官式辞では自衛隊の与えられた任務は近年ますます多様化して本来任務である国防だけではなくのみならず国際貢献活動や災害派遣など多岐にわたり国民の自衛隊に対する期待も高まっている、その期待にこたえるために自分たち自衛隊は日々訓練を重ね、錬度を高め与えられた任務を完遂しなければならない。そして地元地域の方々に自衛隊を理解いただき地域と一体となって任務を遂行できるよう隊員一同ととも今後も精進していくといった内容の挨拶をされた。

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後ろで聞いていても内容もさながら思いの入った素晴らしい式辞であった。


観閲行進ではそれぞれの中隊が自分たちの精強な部隊を外部の方々に見ていただく機会であり
選ばれた行進担当の隊員からは強いエネルギーが放出され彼ら一人一人が我が国の抑止力であることを
再認識させていただく場となった。

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訓練展示では八尾駐屯地の中部方面航空隊からもヘリがきて実際の模擬戦闘をかなりこだわって
観客も実戦さながらの訓練展示に息をのむくらいの内容であった。

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今回の展示は市民に自衛隊がいざとなったらどのように国民を守ってくれるのか、どのように敵を制圧するのかをディーテイルまでしっかりとみせていただきこれぞ任務の完遂であると敬服する次第である。

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ヒゲの隊長こと佐藤先生の挨拶でもあったように、自衛隊の任務は多種多様に及ぶ反面、防衛費は縮小ばかりが叫ばれています。このままだと私たちの生命と財産を守ってくれる自衛隊が充分な訓練もさながらいざという時に任務遂行もままならなくなる状況におちいってしまいかねないと数ある来賓の中で唯一内容のある挨拶をされていました。

会場では大きな戦車を模した子供の遊び場や中隊ごとに工夫を凝らした焼きトウモロコシや泉州名物の油かすの入ったうどんの販売など市民が楽しめるようなしつらえ満載で家族連れが終日この駐屯地で楽しめる工夫がされていた。
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装備品の展示会場では多くの市民と隊員との交流があちらこちらであり市民もこの日を待ちわびていたかのように小銃や対戦車砲などを実際に手に持って記念写真を取っている姿があった。

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毎年1万人を超える来場者があるということは大変価値あることで大阪のより多くの方々に自衛隊をさらに理解し応援していただきたいものと心から願う。

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衛兵の隊員もこの日は誇らしげに見えた。




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