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海上自衛隊阪神基地隊開隊60周年記念行事 

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今回の日記は副会長の 辻 輝也が書かせて頂きます。

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まず冒頭でお断りしておきますが、表題の60周年という文言は今回正式には使われておりません。
金久保司令のご説明では、昭和27年の保安庁警備隊大阪航路啓開隊開隊、昭和29年の海上自衛隊大阪基地隊開隊、昭和43年の海上自衛隊阪神基地隊開隊のいずれをスタートとみなすべきか考えた末での結論ということでした。

しかしながら、本年4月に海上自衛隊創設60周年記念式典が挙行されたことから見ても、本年を60周年の記念すべき年と捉え、お祝いすることが適当との私見で、敢えて60周年と標記させて頂きました。
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6月2日(土)、神戸市東灘区魚崎浜町に所在する阪神基地隊本部において記念式典が挙行されました。
大阪防衛協会青年部会からは鷺岡会長と秋田副会長、私の3名で参加させて頂きました。

P6020002.jpg


会場に案内されると、そこには既に自衛隊員が整列しており、会場の空気を引き締めておりました。制服組は夏服を着用し、真っ白な詰襟やセーラー服に白い帽子、白い手袋と、英姿颯爽たる姿でした。
舞台上には大きな国旗と自衛艦旗が掲揚されていました。自衛艦では艦首に国旗たる日章旗、艦尾に自衛艦旗たる旭日旗が掲揚されます。

旭日旗は日本帝国海軍の軍艦旗の歴史を汲むもので、日本海海戦の旗艦、戦艦三笠にも掲揚されていました。旧軍の良き伝統を今に継承するのが海上自衛隊です。日本の独立が回復する2日前に復活し、本年で60周年となる訳です。

式典は国歌斉唱に始まり、阪神基地隊司令金久保海将補の式辞、第26代阪神基地隊司令の明野さんの来賓祝辞、来賓紹介、祝電披露というシンプルな内容で、ごく短時間で閉会と相成りました。
半島情勢を受けての自粛した内容であったのかもしれません。

P6020003-1.jpg


金久保司令は式辞で、人・装備・時代が変わろうと、国民に信頼される海上自衛隊であれ、また、自衛隊が国民にちやほやされる時は国民が不幸な時であるということを肝に銘じ、慣れを惰性に変えず、勝って兜の緒を締めよと隊員に訓示を与えられました。残念なのは来賓は代理出席が多く、60周年という大きな節目を祝うにはややムードが軽かったことです。

式典終了後、場所を六甲アイランドに移し、祝賀会が開催されました。この祝賀会は自衛隊ではなく、「魚崎21C」という団体が主催されました。半島情勢を受けてパーティーは自粛令が出ているようで、それではあまりに忍びないということで、魚崎21Cさんが声をあげて、支援各団体に声を掛けられたそうです。


耳慣れない会なので、会長の中田さんにご挨拶させて頂き、会のことをお聞きしました。
中田会長いわく、魚崎は阪神基地隊の所在する地域の地名、21Cというのは21世紀のことで、阪神基地隊、特に阪神基地隊司令を地域で支援する会ということでした。地元主体の支援者の祝賀会という暖かい雰囲気で、金久保司令も肩肘張らないざっくばらんなご挨拶をされていました。

第2次世界大戦後、暗黒の海と言われ、機雷が浮遊し安全な航海が出来なかった頃から、掃海作業、とりわけ瀬戸内海東部の航路啓開にあたって来られた海上自衛隊阪神基地隊とその前身。
その還暦をお祝いできたことは大変喜ばしいことでした。願わくば、もっと多くの国民が海上自衛隊創設60周年を祝い、現在も我が国の重要なシーレーンや領海を守ってくれている海上自衛隊に思いを馳せることができればと考えます。
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今回の日記は副会長の 辻 輝也が書かせて頂きます。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まず冒頭でお断りしておきますが、表題の60周年という文言は今回正式には使われておりません。金久保司令の...
  • [2012/06/09 18:15]
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