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八尾駐屯地創立57周年及び中部方面航空隊創立49周年記念事業 

カテゴリ:陸上自衛隊


この日記は 副会長 西堤 克が書かせていただきます。

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平成23年10月8日(土)午前10時から
鷺岡会長の代理で八尾駐屯地にて行われました標記行事に出席してきました。

会長招待ということで大きな赤色のリボンを受付で胸に付けてもらい、席は前より2列目でした。 
最前列は議員席だったのですが私の前2席は空席だったため、全ての行事をゆっくり見ることが出来ました。

当日はものすごく好い秋晴れに少し汗ばむ陽気の中、開会少し前に音楽隊の入場・各部隊の入場・整列 そして国旗が入場し厳粛に行われました。

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八尾駐屯地はヘリコプターによる人員、物資の空輸や航空偵察などを行う任務が主でヘリコプターによる観閲飛行などを見学し無事時間通りに終了となりました。

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お天気にも恵まれたせいか招待者以外の一般の方々が凄く多く特に親子連れが目立っていました。

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その後、場所をかえて懇親会へ。

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中部方面航空隊長 兼 八尾駐屯地司令の濱田博之様の挨拶に始まり終始和やかな雰囲気で盛会だったように思います。

大阪防衛協会青年部会 副会長 西堤 克  (原文通り)
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平成23年度呉地方隊展示訓練in大阪湾 

カテゴリ:海上自衛隊



今回の日記も副会長の 辻輝也 が書かせていただきます。


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9月24日(土)、25日(日)の2日に亘って、標記の訓練が実施されました。
実際に護衛艦に乗艦し、展示訓練を見学するという魅力的な内容で、一般公募には応募が殺到、葉書を何枚も出したのに当たらなかったという嘆きの声も聞かれました。

海上自衛隊の人気行事として、観艦式の名をご存じの方も多いと思いますが、そのミニ版という趣です。
大阪、神戸、阪神基地隊、淡路島、和歌山の5箇所を出港した各艦艇は、訓練海域である淡路島淡路市沖に集結し、艦隊が平行に行き違う形式で訓練が実施されました。

我々大阪防衛協会青年部会メンバー6名は大阪の天保山から、護衛艦「いせ」に4名と護衛艦「せとゆき」に2名、それぞれ乗艦させて頂きました。

いせは今年3月に就役したばかりで、一般人に公開されるのは今回が初めてだそうです。DDH182ということで、DDすなわちDestroyer(護衛艦、国際的には駆逐艦)という分類ですが、明らかに通常の護衛艦とは外見が異なります。

詳しくはこちら→http://www.mod.go.jp/msdf/formal/gallery/ships/dd/hyuga/181.html

また、排水量も13,950tという非常に大きな船です。特徴的なのは全通甲板と言われる、艦首から艦尾までフラットに突き抜けた甲板で、さながら空母のようでもあります。
実際、ヘリコプターの複数機同時発着艦が可能ということで、東日本大震災の際も、同型の護衛艦ひゅうがが災害派遣され、物資の輸送等で大活躍しました。

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11:30に天保山を出港。音楽隊の軍艦マーチの音色に乗って岸壁を離れます。曳航してもらったタグボートともサヨナラし、10万馬力のエンジンに火を入れ、訓練海域目指して力強く漕ぎ出します。

大阪湾ということもあるのかもしれませんが、甲板に立っていると、広い運動場に居るような錯覚を起こします。短距離ダッシュをしたかったのですが、大人気ないので止めときました。

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甲板でこの訓練の観閲官である呉地方総監の泉海将をお見かけしたので、記念写真をパチリ。訓練海域までの2時間半のクルーズを楽しみました。甲板と格納庫との上り下りは、甲板の前後に2箇所設けられたヘリコプター用のエレベーターを使いました。

実に150畳ほどの大きさのエレベーターで、重量オーバーでブザーが鳴る心配も全くなしです。
エレベーターで格納庫に下りると、そこは陽射しが防げる一大休憩所になっています。毛布が敷かれ、靴を脱いで団欒のお弁当を楽しむ家族も。

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粋なことに、小編成の自衛隊音楽隊がジャズなどの音楽を奏で、空気を大変柔らかくしていました。子供向けにいくつかの楽曲も用意され、全員が楽しめる小コンサートでした。演奏後は拍手が鳴り止まず、数度のアンコールに応えるという盛り上がりようでした。この音楽隊の演奏が続く間、泉総監が立ったままで、時に参加者と名刺交換や談笑をされながら、最後まで演奏を見守られていたのが印象的でした。

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楽しいクルーズを楽しんでいると、いよいよ訓練の時間に。甲板から艦尾方向を見渡すと、翻る自衛艦旗の向こうに、隊列を成した自衛艦が。この眺めこそ、海洋国家のまもり、海上自衛隊を象徴する、血湧き肉躍る、美しい艦隊の姿でありました。

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訓練は観閲官である泉総監が乗艦する旗艦「いせ」が航行しながら、水平逆方向に航行する自衛官や航空機から敬礼を受けます。お互いに航行しながらの観閲は、高度な技術を要するものです。
泉総監は艦橋の上に立たれ、受閲艦の敬礼に応じられ、黄色(イメージ的には金色、将官である印です。)の房の付いた双眼鏡で受閲艦を確認しつつ帽子を振られます。

この一連の所作が何ともスマートで格好いいのです。受閲艦には潜水艦の姿もあり、また、護衛艦「はたかぜ」は主砲から空包射撃を行い、観衆のどよめきを誘っていました。

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ヘリコプターの展示飛行は、おなじみ艦載機のSH-60Jをはじめ、中には陸上自衛隊から対戦車ヘリコプターAH-1Sコブラも参加していました。海の上で迷彩色のいかついヘリコプターを見ると、一層その強面が強調された感じでした。

動画はこちら→http://youtu.be/mEs7u-RfcFU

観衆の注目と喝采を最も集めたのは、救難飛行艇US-2の着水と離水でしょう。パンフレットにはUS-1Aとの記載でしたが、実際に飛来したのは新型のUS-2でした。波高3メートルもの荒海に着水することが可能な日本が世界に誇る救難飛行艇です。非常にスムーズに着水し、驚くほど短距痢」で軽やかに離水します。

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約1時間にわたり、盛り沢山に繰り広げられた展示訓練は艦載ヘリSH-60Jの低空飛行で拍手喝采のうちに終了となりました。

ほぼ1日がかりでの大規模な訓練でありました。参加者にとっては普段中々目にすることのない、海上自衛隊の艦艇や航空機を目の当たりにすることができ、改めて海洋国家の守りについて認識を深めて頂けた一日であったと思います。

大阪防衛協会青年部会 副会長 辻輝也

航空観閲式 

カテゴリ:航空自衛隊

昨年関東ブロックの地区大会で百里基地の荒木淳一司令と知り合い、このたび表題の事業にお誘いいただいた。
今回ご招待いただいたのは16日に行われる本番の為の予行演習だが観閲台の真横のVIPの席をご用意いただき恐縮であった。交通の都合で前日の午後から茨城に入り大洗の漁港や霞ヶ浦など景勝地を観光する。

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当日はマイクロバスで会場へ入る。担当の隊員の方が張り付きで接待いただく。隊員の皆さんは私たちの顔を見ると一応に「本日はご来場ありがとうございます」と大きな声で45度のお辞儀とともにご挨拶される。。
まるでデパートに買い物に来たかのよう。。

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待合も皮張りのソファーで見学後も高級なお弁当を用意いただいていた。食後のコーヒーもいただき至れり尽くせりであった。腕の腕章も「接遇」と書かれており自衛他で接遇という言葉があることに驚いた(もちろんい意味であるが)

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ご存知の通り航空自衛隊はもともと旧軍には存在しておらず「陸軍航空隊」「海軍航空隊」という陸海軍所轄の部隊であった。よって創設されたときも陸軍・海軍のような前身となる組織はなく米軍を参考に組織づくりをしてきた。もともと伝統がないということでよいと判断した事項については何でも素早く導入するなど、フットワークは軽いといわれる。

3自衛隊を風刺した小話がある

「上官とのカラオケ」

陸自:「部下は全員姿勢を正して静聴、終了後は万雷の拍手」

海自:「部下は誰も聞いていないが、終わるととりあえず拍手」

空自:「部下でも上官が下手だとすぐ音楽を止める」



「会議で幕僚長が間違った発言をした時」

陸自:「そっと紙片を渡して間違いを指摘」

海自:「海幕長の発言に間違いはありえず、正しいと主張」

空自:「大きな声で間違ってます、と指摘」

そしてこのたび航空自衛隊初の女性将官に航空自衛隊第3術科学校校長兼ねて航空自衛隊芦屋基地司令に柏原敬子閣下が就任。凛とした姿と涼しい頭、穏やかで周りの人を引き付けるオーラがでまくっている。

大阪のご出身で関西学院大学卒業。御実家は私の自宅のすぐ近くと言うことで初対面でいきなり打ち解けた。
女性将官の誕生は航空自衛隊の女性自衛官のみならず女性の社会進出とともに自衛隊そのものの門戸を大きく広げ彼女の後姿は多くの自衛隊員の希望となることであろう。

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式典は栄誉礼、国旗掲揚から始まり慰霊飛行、そして陸海空自衛隊の持つ装備品の観閲飛行が行われた。

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陸上自衛隊はUH-1H多用途ヘリ、OH-6観測ヘリ、AH-1S対戦車ヘリ。海上自衛隊はSH-60K哨戒ヘリ、P-3C対潜哨戒機。

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そして航空自衛隊がUH-60J救難ヘリ、CH-47J輸送ヘリ、U-125捜索救難機、C-130輸送機、C-1中型輸送機、E-2C早期警戒機、E-767早期警戒管制機、KC-767空中給油機、B-747特別輸送機、F4E戦闘機、F-2A戦闘機。

普段航空自衛隊とはあまり交流もなく装備品も見ること機会もないためこのように多くの航空機があることに改めて驚いた。F-15はタンクが落ちる事故があったため自粛とのこと。

そのあと観閲間の巡回と栄誉礼。。

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航空機の地上滑走は手の届きそうな場所でそれぞれの航空機が滑走するのに感動。

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そのあと戦闘機の緊急発進。(スクランブル)機動飛行、航空偵察、対地攻撃などの展示飛行を行った。

最後のフィナーレはブルーインパルスの展示飛行。

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ブルーインパルスは、航空自衛隊・松島基地・第4航空団に所属する第11飛行隊の通称でありチーム名である。
我が国唯一の展示飛行専任の部隊で各地で行われる航空祭でアクロバット飛行を披露や長野五輪開会式やワールドカップで航過飛行を実施している。身近なところでは楽天の開幕試合でも飛行披露していると聞く。

パイロットは、航空自衛隊の戦闘機パイロットから選出された精鋭で各地の航空祭では、ブルーインパルスのテントが設けられサイン会や記念写真会が行われる。

諸外国のブルーエンジェルスやサンダーバーズと匹敵するくらいの素晴らしい緻密な技術を持っていると言われる。

最初にダイヤモンドテイクオフ&ダーティターンは4機の編隊離陸で離陸するとすぐに、4番機は1番機の真後ろに移動して、菱型のダイアモンドと呼ばれる隊形を作る。
 
そして四機のT-4の最短距離が約一メートルという最も密集したダイアモンド隊形を保って、会場左手後方から観客の前を通過するファンブレイクの披露。

スモークの描く航跡の美しさを見せる日本独特のレインフォールなど。息を飲むような美しさと正確さで写真を取る暇がないくらい感動した。

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心のこもったおもてなしをいただき本当に感謝する。。青年部会設立当初は地方協力本部がいろいろとこのような研修の機会や勉強会をしていただいたが最近地本長を含め交流がめっきり減り私どもの組織との距離が出来てしまっていること、会を総理する立場として申し訳なく責任を感じる今日この頃である。


砕氷艦「しらせ」艦上レセプション 

カテゴリ:海上自衛隊



今回の日記は副会長の辻輝也が書かせていただきます。

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9月23日、秋分の日の夕刻から開催された、砕氷艦しらせの艦上レセプションに鷺岡会長と参加して来ました。しらせは自衛艦の中では最も有名な船ではないでしょうか。むしろ、しらせが海上自衛隊の船であることを知らない国民が多いのかもしれません。厳密に言いますと、文部科学省の予算で建造し、海上自衛隊が運用する船ということになります。


すなわち、文部科学省が主管する南極地域観測事業のために建造された専用船です。
自衛隊では砕氷艦と称しておりますが、世間一般には南極観測船という名称の方が通りがいいようです。
この日乗艦したしらせは南極観測船としては4代目となります。

3代目のしらせの老朽化に伴い、建造が開始され、船名の一般公募が実施されたのですが、結果的には先代と同じ「しらせ」を望む声が多く、2代続けて同じ「しらせ」と命名されました。

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しらせの名前は、最初に南極に到達した日本人、白瀬矗に由来します。
ポートターミナル駅を降りると、突堤に接岸されたオレンジ色の大きな船体が目に飛び込んで来ました。12,650tの巨大な船体です。

http://www.mod.go.jp/msdf/formal/gallery/ships/agb/shirase/5003.html

オレンジ色の塗装は、アラートオレンジというもので、雪と氷で白一色の南極において、最も発見しやすい色ということです。タラップには「ICEBREAKER SHIRASE」という横断幕が掲げられております。辞書を引くと確かに砕氷船の意味が筆頭ですが、「緊張をほぐすもの」という意味もあります。

このしらせは、その持ち帰る「南極の氷」と共に、自衛隊に無関心な国民層と自衛隊をつなぐ、名アイスブレイカーであると思います。

実を申しますと私が大阪防衛協会青年部会に入会させて頂くきっかけとなったのも、南極の氷でした。2007年に茨木青年会議所で茨木フェスティバルの担当委員長をしていた際、茨木フェスティバルに南極の氷を展示してもらうために、大阪防衛協会青年部会を通じて自衛隊に依頼をして頂いたのがご縁でした。

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レセプション会場となった甲板では、明日、明後日に大阪湾での展示訓練の指揮を控えられた呉地方総監の泉海将のご挨拶に始まり、しらせ艦長の中藤1佐らもご挨拶されました。

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そして、乾杯の後は立食形式で、あちこちで名刺交換や談笑が交わされていました。特筆すべきは何と言っても南極の氷を贅沢に使用したウイスキーの水割りです。

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何と、この氷は雪が降り積もって空気を閉じ込めつつ出来たものということで、実に5万年も前のものだとか。グラスを振ると氷が解けて、閉じ込められて気泡となっていた5万年前の空気が、プチプチという小さい音を発して、平成の神戸の夜に解き放たれます。何とも壮大な話です。

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という訳で、お酒が進んで進んで、記憶が朧ですので、今回のレポートはこれ位でご勘弁を。

日米協会主催講演会 

カテゴリ:未分類

大阪日米協会主催の講演会「トモダチ作戦と日米の絆」が 2011年9月29日リーガロイヤルホテルで執り行われた。在日米海軍司令部のパウロ・マックルール中佐が、東日本大震災に際して行なわれた「トモダチ作戦(Operation Tomodachi)」について現場指揮官としての経験をベースにお話をいただいた。


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会場は大阪日米協会の会員の方を中心に自衛隊支援団体の方々の顔も見られた。今回大阪日米協会様のご厚意で私たち大阪防衛協会青年部会会員18名をご招待いただいた。


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実際の作戦に関わった中佐は3月11日以降がれきの撤去など自衛隊と連携して行なわれた作戦の模様をスライドを使って詳細に説明いただいた。 震災発生以来「トモダチ作戦」と名付けられ、最大人員約2万人、艦船約20隻、航空機約160機を投入。物資を被災地に運び、自衛隊とともに三陸沖で行方不明者を捜索した。

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原発事故に関しても、無人偵察機を飛ばして撮影した写真を日本側に提供するなど、数多くの分野で労を惜しまなかった。第三海兵遠征軍の最初の活動の1つは、飛行機やヘリコプター、その他の航空機が最も被害を受けた地域にアクセスしやすいように、仙台空港の片付けを手伝うことであった。


その仙台空港の復旧にも力を発揮し、被災からわずか5日でメインの滑走路を使用可能にしたことはさすが米軍と多くの賞賛の声があったことは有名な話である。ちなみに「トモダチ作戦」として知られる米軍支援作戦は、日本政府が名づけたものである。


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中佐は「過去に例のない大規模で複雑な作戦だったが、多くのことが自衛隊と連携して行われた」と、緊迫した作戦の模様を語った。

また、がれきで埋まった仙台空港の復旧で自衛隊と指揮官同士で情報交換して重機を調達するなど、現場レベルの即決が多かったことを指摘。「強力な日米関係と合同訓練のおかげだ」と絆を強調した


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これまでの50年あまりで、日米は永続的な関係を築いてきたが、自衛隊と米軍の隊員たちが日本人を支援するために連携した数週間で、その関係がより深まったことも意味深いことである。



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ジャーナリストの桜林美佐さんの著書「日本に自衛隊がいてよかった」の中で宮城県気仙沼市大島では毎朝夕に海兵隊員による行軍があった。宿泊先から作業現場の30分の道のりを島の人が車を使ってと言ったがガソリンがもったいないと辞退し行軍となったと聞き及んだ。

我々は新聞などマスコミを通しての表面的な情報しか知らされずついそれをベースに物事を判断してしまうきらいがあるが今回の講演では米軍が何を考えて被災者・被災地支援をどのように行ったのかをこと細かく解説いただいたことはとても意義深く青年部会としてもいい研修となった。


米軍海兵隊のトモダチ作戦の公式HPはこちら


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