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大阪市立阿倍野防災センター見学 

カテゴリ:未分類

阿倍野区にある防災センターを見学。このセンターは消火・避難・救助といった災害時に必要な一連の行動を学習体験できる施設らしい。

入館手続きをした後さまざまな施設を順番に回って防災知識を学ぶということである。
バーチャル地震コーナーでは地震の映像とともに椅子に振動装置がついてありリアルな体験が出来る。

火事発生防止コーナーや火災で煙だらけになった廊下を姿勢を低くして避難する訓練のできる煙中コーナーも実にリアルで低い姿勢でなければセンサーが働きうまく出来ていないと審査をされます。

食堂の厨房めがけて実際に水消火器を使用して消火する体験の初期消火コーナーは中島副会長真剣な顔で挑戦していました。

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落ち着いて的確に119番通報が出来る訓練コーナーは意外に万一のときにはうまく連絡が出来ない方が多いと聞き及ぶ。

2階建ての「かじ」さんの家の火災をポンプを使って消火体験するコーナー
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倒壊した建物や家具の下敷きになった人をジャッキを使って救助体験するコーナー。
古い町並みや災害時の街並みをうまく再現し実にリアルな体験が出来るようになっています。

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身の回りのものを使って応急救護を学ぶコーナーもあり段ボールやスーパーのビニール袋、ネクタイなど身近なものを使って応急処置をすることが出来るのにはびっくりしました。

今後起こりうる震度7の南海東南海地震の揺れを実際に体験できるコーナーなど実に盛り沢山の
体験施設があり子供でも楽しみながら避難や救護の知識を得ることが出来る実に優れものの施設である。

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最後には終了証もいただきました。


詳しくはこちら→http://www.abeno-bosai-c.city.osaka.jp/bousai/bsw/a/a/bswaa010.aspx
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近畿ブロック防衛協会青年部会連絡協議会第5回青年研修大会 

カテゴリ:全国防衛協会連合会青年部会

今回の日記は理事の秋田和孝が書かせていただきます。

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平成22年11月21日(日)和歌山にて近畿ブロック防衛協会青年部会連絡協議会第5回青年研修大会が開催されました。大会テーマは「高めよう防衛意識 広めよう国際協力~日本の安全と世界平和のために~」です。

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近畿ブロック協議会と言うのは近畿2府4県の防衛協会青年部会の連絡調整機関として4年前に設立され現在は私ども大阪の鷺岡会長が全国防衛協会連合会青年部会の副会長を兼ねて代表を務めています。

記念講演として海上自衛隊幹部学校副校長福本出(ふくもといずる)海将補から「海の友情」という演題で講演をいただきました。

式典では鷺岡会長の「現在の安全保障の諸問題を政治や人のせいにするのではなく一人称で、自分自身の問題ととらえ自分たちのできることから行動していきましょう」との力強い挨拶のあと荒川龍一郎中部方面総監の祝辞、中村光良全国防衛協会青年部会連合会会長の祝辞、和歌山県、和歌山市からの御代表の祝辞をいただきました。

そのあと各府県防衛協会青年部会の活動をわかりやすくビデオで紹介し、前会長中村光良氏への感謝状授与、次年度開催地の兵庫県防衛協会青年部会の三津会長の挨拶と続き式典は終了いたしました。

そのあとの懇親会では陸上自衛隊信太山駐屯地から音楽同好会の皆様のジャズの素晴らしい演奏から始まり祝宴に花を添えていただきました。自衛官の方と一緒に美味しい和歌山の海の幸、お酒を共に飲み交わし、日本の防衛について熱く語りました。若いエネルギーで会場がさらにヒートアップしていたのが印象的でした。

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自衛隊の協力により会場のホテルの駐車場には94式水際地雷敷設装置(94しきすいさいじらいふせつそうち)という有事には敵の上陸を防ぐための水陸両用車はじめ、高機能車両などが展示されていました。

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陸上自衛隊中部方面総監荒川龍一郎陸将、海上自衛隊阪神基地隊司令山本高英海将補、航空自衛隊幹部候補生学校校長古賀久夫空将補はじめ多くの自衛官に臨席賜り盛大な大会となりました。主管いただきました和歌山県防衛協会青年部会の皆様ありがとうございました。

昨今の国境を巡る緊張状態の中で国防は自衛隊任せではなく、わたしたち国民一人ひとりが「自分たちで自分たちの国を守る」意識を持ち行動することの大切さを改めて感じました。

普段、平和の素晴らしさに気づかぬほど安穏と平和な生活を送っていますが、こうして時には日本の平和を守ってくれている自衛官の話を聞くことで、平和は当たり前でないと気づくことが出来、平和を守るためには他人任せではいけない、自分が何かしなくてはいけないと心新たに感じる良い機会だと強く思いました。

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大阪から参加したメンバーで記念写真を撮りました。


(講演内容)

昭和60年(1985年)3月、イラン・イラク戦争のこう着状態にイラついたイラクのサダム・フセイン大統領が48時間以内にテヘランに無差別攻撃を開始すると突如宣言しました。 イランのテヘラン空港には国外脱出を急ぐ外国人であふれ、各国が自国の大使館職員、民間人を脱出させるべく民間機、軍用機を駆使して脱出させます。

一方、日本では自衛隊機の国外派兵は違憲だとか、日本航空の民間機を飛ばしたらパイロットの安全は保証できるのかと組合が反発するなど、議論ばかりでタイムリミットの3月20日午後二時(日本時間)が刻々と近づきます。

手をこまねいていた日本に救いの手を差し伸べたのはトルコでした。自分たちの国民は陸路でも帰る事が出来るからと、わざわざトルコ航空の民間機を日本人のために提供してくれ、取り残されていた日本人215名がテヘラン空港を飛び立ったのはタイムリミットのわずか1時間15分前でした。

どうしてトルコが?ODAなど見返りを期待しているのでは?何か裏があるに違いない。当時はそんなトルコの親切を懐疑的にとらえるマスコミもあったそうです。
「日本人は忘れているでしょうが、1890年9月16日にトルコ軍艦エルトゥールル号遭難時に日本人から受けた恩義のことを知らないトルコ人はいません。」そうトルコ人から聞かされ日本人は恥ずかしく顔を赤くしました。

「トルコ人は百年の恩義を忘れない。」今でも小学校の教科書に載っているそうです。
普通はここまでの話ですが、海上自衛隊としては続きがあります。

1999年8月17日、17,000人の死者を出した大地震がトルコを襲います。
阪神淡路大震災の被災地神戸市から仮設住宅500戸の無償提供の申し出があり、トルコに打電しますが、「申し出は大変ありがたいが、今、トルコは混乱し、輸送するすべも無く、お金もない。」と返事。 ここで、当時は空母建
造かと揶揄された海上自衛隊の輸送船「おおすみ」はじめ「ぶんご」「ときわ」が500戸の仮設住宅を途中無帰港でトルコに届けます。

明治時代にエルトゥールル号の69名の生存者とともに、5000円(今の貨幣価値で1億円)の義捐金を集めた山田寅次郎が軍艦「比叡」「金剛」に乗ってトルコに行きました。その時に山田寅次郎が見たオスマントルコのドルマバフチェ宮殿前が今回も自衛隊の艦の特設係留場所になったそうです。

任務を終えた自衛隊の艦を岸壁を埋め尽くすこどもたちがトルコと日本の小旗を振り見送ってくれました。口々にトルコ語でなにやら大きな声で唱和しています。 トルコと日本のいつまでも変わらぬ友情を唱和していたそうです。


秋田和孝


海上自衛隊阪神基地隊司令表敬訪問 

カテゴリ:海上自衛隊

11月4日(木)に、鷺岡会長、中島副会長、辻の3名で、本年7月に着任された海上自衛隊阪神基地隊司令 山本高英海将補を表敬訪問させて頂きました。
阪神基地隊本部は兵庫県神戸市東灘区に所在し、大阪湾、紀伊水道等海域の防衛及び警備を担任しています。
我々も常日頃から大変懇意にして頂いており、各種行事にもお招きを頂き参加させて頂いております。

当日は山本司令、山崎副長、黒川総務科長の御三方に御面談頂きました。
中心となった話題は来年3月に我々青年部会が主催致します、「OSAKA防衛・防災フェスティバル」への艦艇派遣のお願いでした。2008年に実施した際は、不幸にも直前に護衛艦あたごの衝突事故があり、微妙な情勢下で掃海艇を派遣頂きましたが、結果的には船が傾くほど、見学者が大挙して訪れました。

後に海上自衛隊から私共に感謝状を頂くなど、双方にとって非常に実りある事業となりました。
次回は是非護衛艦を派遣頂きたいと熱のこもったお願いとなりました。
山本司令はかつて護衛艦を南港ATCに入れた経験をお持ちだということで、具体的な話になりましたが、残念ながら艦艇の動きは訓練等の日程によって決定するため、年末まで確約は出来ないとのことでした。

前にも書きましたが、護衛艦に乗艦してもらうことは、何よりの自衛隊の広報になります。3月13日にATCの岸壁に護衛艦が現れることを祈ります。

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さて、公然の秘密ですが、山本司令は山本権兵衛元首相のお兄様のひ孫ということです。このことについては、阪神基地隊のホームページに記事がありますので、勝手ながら転載させて頂きます。

(以下引用)
皆様は記事に書かれていた「山本権兵衛」という人物をご存じでしょうか?明治から昭和戦前期の海軍軍人・政治家で、海軍大臣や内閣総理大臣を勤めました。
旧日本海軍の生みの親が「勝海舟」、育ての親が「山本権兵衛」と言われています。日露戦争当時は海軍大臣の要職にあり、日露戦争を目前にしてさまざまな海軍の改革に努めました。

そして山本大臣の行った海軍人事における最も大きな功績は、舞鶴鎮守府長官であった「東郷平八郎」を連合艦隊司令長官に抜擢した事です。抜擢した理由に関してはいろいろな説がありますが、明治天皇に理由を聞かれた山本大臣は「東郷は運のいい男ですから」と奏したと言われています。
このようにして山本権兵衛が育て上げた日本海軍は、ついに日本海海戦においてロシアのバルチック艦隊を破ることになったのです。

さてインタビュー記事では「山本権兵衛の兄のひ孫」という事でしたが、「兄の長男」すなわち「山本権兵衛の甥」であり司令の祖父にあたる「山本英輔」も日露戦争では第二艦隊の参謀を努めました。また早くから飛行機の将来性に目をつけ、研究を続けました。のちに海軍大学校長、初代航空本部長、連合艦隊司令長官などを務めました。「飛行機乗り」である司令も飛行機の将来性に目をつけた祖父の影響があるのでしょうか?

そしてもう一人、阪神基地隊には「山本権兵衛」と関係の深い人物がいます。
山本権兵衛に抜擢され連合艦隊司令長官となった「東郷平八郎」のひ孫にあたる東郷就職援護室長です。
援護室長には阪神地区の各団体などから「曾祖父」に関する講演を依頼されることもあり、海上自衛隊と一般の方々との懸け橋となるならばと快く引き受けています。
また日本文化への造詣が深く、先日私も援護室長に誘われ人形浄瑠璃を見てきました。
(私も日本人ですね・・・浄瑠璃にすっかりハマッてしまいました。)

というわけで現在阪神基地隊には「山本権兵衛と東郷平八郎」という日本海海戦を勝利に導いた主人公に関係の深い山本司令と東郷就職援護室長が在隊しています。 偶然このような人事になりましたが、司令は「飛行機乗り」、援護室長は「船乗り」なので、今後司令と援護室長が同じ部隊で勤務する可能性はほとんどありません。

奇しくも阪神基地隊が所在する神戸は「勝海舟」が神戸海軍操練所を設置し「日本海軍発祥の地」といわれている場所です。何か因縁めいているように感じるのは私だけでしょうか?
(引用終わり)

筆者も因縁めいていると書かれていますが、本当にその通り。日露戦争の英雄二人のゆかりの人物が、100年の時を越えて海軍発祥の地神戸で海上自衛隊の士官として職場を一にするとは。運命を感じずにはおれません。

さて、来月5日から待ちに待った「坂の上の雲」第2部が始まります。こちらでは渡哲也演じる東郷平八郎元帥と石坂浩二演じる山本権兵衛海軍大臣が共演します。大変楽しみです。

自衛隊訓練参加報告 

カテゴリ:青年部会

今回は大阪防衛協会青年部会会員でもあり吹田市議会議員の
神谷宗幣君が予備自衛官訓練に参加した報告を掲載させていただきます

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先週は月曜日から金曜日まで予備自衛官の訓練に参加してきました!
体験入隊も加えれば、今回で3回目の訓練になりますので、
随分と慣れてきたつもりでしたが、10時消灯6時起床の生活はなかなかきつかったです(笑)

今回の訓練項目のメインは実弾射撃訓練でした。
初日に射撃姿勢の訓練をし、二日目は射撃訓練、三日目に銃の分解、結合を行いました。
その他、室内研修としては国防、日米同盟をテーマとした講義、専門教育(私の場合は語学の英語)を受講しました。

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今回は8人の班でしたが、チームワークが抜群で大変過ごしよい5日間でした。
自衛隊での生活は全てグループ行動ですから、一人でも勝手な行動をするとみんなに迷惑がかかります。逆にみんなで役割分担をしっかりすれば、一人でやるよりも楽に生活が送れます。こうしたことはあたり前なのかもしれませんが、日常の生活ではあまりに忘れ去られたことのように感じます。

今回訓練に参加して、新選会のチームスタッフ全員で体験入隊して、チームワークの重要性を再教育してもらおうかと思ったほどです。チームを作るときに大切なのは、指揮官つまりリーダーです。チームはリーダーの指示無くしては動けません。そして、そのリーダーを上手く支え、抜けていることなどがあれば補っていく事がメンバーの支えです。

今回は、8人中一番若い20代の青年に班長になってもらい、30~50代のメンバーがそれを支えました。適切な行動をとるには、リーダーの適切な判断、指示が必要です。そのためにはその他のメンバーが、しっかりと状況をリーダーに報告し、多くの情報をリーダーに集め、適切な判断を仰いでいかねばなりません。

 結局、良いリーダーは、良い構成員によって作られるということです。

この点は、政治も同じではないでしょうか。首長や議員は地域のリーダーのような存在です。
その政治家に良い判断をさせるには、地域住民の政治への関心、正当な要望、意見といったものが不可欠なのだと思います。選挙に行くのは当然ですが、選んだ後もしっかり支えていくということが、良い政治家をつくる一番の方法だと思います。

先ほども書きましたが、リーダーの適切な判断、指示がなければ、構成員は戸惑いますし、快適な生活は送れません。個人個人が勝手に動けば、能力の高い人はやっていけるかもしれませんが、そうでない人は完全に落ちこぼれていきます。しかし、落ちおちこぼれをたくさん作っては、チーム全体の行動力は低下します。

8人程度のチームで改めてきづいた組織論ですが、これは大きく国にも当てはまるのではないでしょうか?

また、今回は当初議員の身分を明かさず、参加しようと思い活動に入っていたのですが、 HPなどで私のことをご存知の方がいらっしゃり、結局はみんなに知れ渡りました。議員であるということが分かるまでは、皆さん私をただの33の若い者と見ていらっしゃいますから、対応も気軽でした。それが、議員とわかるとやはり少し気を使ってくださいます。下駄を履かせてくださるのです。このことは重要なことです。

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我々議員は、日常下駄をはかせて頂きながら活動をしているということを忘れてはいけないのです。自分の能力ではない権力、つまり仮の力をつかって我々は活動をするのです。

 この「権力」というものを、「仮の力」ではなく「自分の力」と勘違いしてはいけません。

勘違いをするから 「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対に腐敗する。」 という言葉が生まれるのだと思います。
仮の力は、みんなのために使って、そしていつかお返しせねばなりません。
ただ、一度手に入れると、下駄をはかせてもらえますから、なかなかてばなしたくなくなるものでもありあります。

私もそうなってしまう危険性をはらんでいると自戒します。ただ、今回のように自衛隊に入れば、私もただの一兵卒。自分のことは全て自分で行い、上官の命令一つで飛び回らねばなりません。こうした経験は日常で少なくなってきましたから、こうした訓練を通じ自分の原点を忘れずにいられることが、私にとっての大きな学びになります。 

さらに、自衛隊の教育のいいところは、しっかりしかってくれる人がいるということです。
怒られなければ人は成長しません。「褒めて伸ばす」も大切ですが、それ以上に叱ることが大切だと私は考えています。

例えば、時間を守れないということは戦場では「死」を意味します。ですから、リーダーはメンバーを守るために時間を守らせないといけない。そのためには、説明して分からない部下はしかってしかって、覚えこませ、それでもできなければ連帯責任をとらせて、周囲の監視をおいてでもやらせないといけない。

叱る方は、時に憎まれますし、労力も奪われますが、それでもやり続けなければなりません。
最近は、社会全体に人を叱る人が減ってきました。それは一見、自由が拡大したように錯覚しますが、実は非常に危険なことだと私は感じています。人が周囲に対して無関心になってきたと感じるからです。

自衛隊では、お互いの命を守るためにしっかり怒られます。最初はちょっと窮屈ですが、自分がしっかりできるようになれば、なんのことはありません。こうした自衛隊の環境、人の教育のあり方に私は賛同します。

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最後に、今回も自衛官の考え方についていろいろ観察してきました。

彼らにも、個人の生活や願望があります。そうした話も普通にされます。しかし、組織全体の教育によって「パブリック サーバント」としての意識がより上位の価値観としてもたれているように私は感じました。 これは、警察官や消防士の方も同じで、やはりイザとなれば公のために命を張らねばいけない職業ですから、個人の欲求が先に来てはいけないのです。

今回も自衛官のお話を聞いていて、まだこの組織には「武士道」が残っているなと感じました。それは、おそらく教育によって培われるのでしょう。しっかり守っていって頂きたい価値観です。 ここでの問題は、自衛官や警察官、消防士などに指示を出せる立場の我々政治家に「パブリック サーバント」としての意識が、あるかということです。

せっかく機関の構成員に良い人材がいても、指示を出すリーダーが、判断できなかったり、自分の利益や選挙のためにあやまった判断をすれば、機関は機能せず、その構成員はリーダーを軽蔑し、公の心を失くしていきます。
今回の尖閣諸島の問題などにそうした点が見受けられるのではないでしょうか。

私はまず、政治家が「公共心」や「武士道」を学ばねばならないと感じるのです。
私は、今後も予備自衛官として、訓練や召集に参加し、一兵卒として素の自分を忘れず、国を守る意識と人のために尽すという気持ちを高めていきたいと考えています。

神谷宗幣

山口県防衛協会青年部会創設10周年記念行事 

カテゴリ:全国防衛協会連合会青年部会

表記の式典が山口市の湯田温泉ホテルニュータナカにて盛大に執り行われた。
山口県防衛協会青年部会の竹中一郎会長は前市議会議員で地元法人会の会長もされている名士である。
また友誼にも熱く私ども大阪防衛協会青年部会の設立総会、近畿ブロック大阪大会にも必ず顔を出していただき現在は私とともに全国防衛協会連合会青年部会の副会長を兼務されている。

記念式典では君が代の斉唱のあと主催者である竹中会長の挨拶。。。この10年を振り返りを来賓の方々、組織を支えた会員の方々に感謝の気持ちを込めてお話しされている姿は来場者全員感動していたと確信する。
任意団体である防衛協会を10年間継続して運営することは決して容易なことではなく歴代会長や創設されたチャーターメンバーの方々のご労苦に敬意を表する次第である。

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この日は多くの来賓の方がお見えになられた。県内すべての基地司令を代表して防空自衛隊防府南基地司令の柏原敬子1佐がご挨拶をされた。

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そのあと山口県防衛協会の田中耕三会長が祝辞を述べられた。田中会長は山口銀行の頭取で青年部会発足時には自社の若手行員400名を自主的に?加入させたと聞き及ぶ。。。

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そのあと全国防衛協会連合会青年部会から中村光良会長のお祝いの挨拶と続き来賓の紹介が行われた。

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驚いたのは第31航空群司令、防府南基地司令、防府北基地司令、小月教育航空群司令、下関基地司令、山口地本部長、山口駐屯地司令、見島分屯地司令とすべての山口県下の基地司令が出席し青年会議所中国ブロック会長、法人会副会長、商工会議所青年部会長など県下を代表する団体長が須く出席されておられた。

これもひとえに彼らの普段の活動が社会に貢献し自衛隊との密なる関係の証であると感じた。

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記念事業として「青年が語る防衛・安全保障について」というテーマで青年経済人3名と陸・海・空・のそれぞれの佐官が参加したパネルディスカッションが行われた。
自衛官は自衛官の立場で青年経済人は自分たちの立場で安全保障や国防についての意見を述べいい議論が展開された。とてもいい企画であったと感じた。

そのあとは会場を移しての祝賀会で着席にもかかわらず来賓の幹部自衛官はほとんど食事もとらずそれぞれのテーブルに足を運び青年部会の会員と意見交換をされていた。。。真の懇親会ここにありという様子であった。

防空自衛隊防府南基地司令の柏原敬子1佐は大阪出身らしくよく聞けば住まいは私の自宅と近くだったらしく関西の大学を出られて自衛官になられたと聞く。大阪の言葉が懐かしいと言っておられた。女性司令としてすべての女性自衛官の範となるような凛とし、しかもたおやかで頭の涼しさが一目でわかる魅力ある方と感じた。

山口県防衛協会青年部会がさらに20年、30年と我が国の防衛思想普及の為ますます発展されることと会員の方々のいやさかを心から願う。


陸上自衛隊中部方面隊創隊50周年記念式典  

カテゴリ:陸上自衛隊

表題のイベントが10月16日に快晴の伊丹駐屯地にて各部隊、府県知事、国会議員、市町村長、各国総領事、歴代指揮官、そして多くの国民が集まる中で執り行われました。


方面総監部広報室の御配慮をいただき総監の後ろの招待席をご用意いただいた。心より感謝する次第である。
しっかりと記録を残しこの素晴らしい式典の内容を伝え広めようと思う。


1960年に創設の中部方面隊は、管区として東海北陸地方、京阪神を中心に近畿、中国、四国地方の2府19県をその防衛警備管区とし防衛・警備・災害派遣を担任しています。


当日式典は国旗入場の後、主催者の挨拶として荒川龍一郎・中部方面総監は「さまざまな任務を完遂してきたことに自信と誇りを持ち、いかなる任務に対しても「任務必遂の信念」を持って取り組みたい」というすばらい訓示をされました。

観閲行進に先だって、方面隊管区の府県旗が会場にて紹介されました。

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最初は普通科連隊の歩行進で始まる。敬愛する燃える闘魂37普通科連隊の大庭連隊長の雄姿は目に焼きついた。

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そのあと89式小銃を携行した普通科連隊の歩行行進である。陸上自衛隊が普通科部隊を重視した編成をとっていることがよくわかる。

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そのあと行進は、特科部隊、施設部隊、後方支援部隊、予備自衛官部隊と続き、最後に74式戦車が登場しました。何度も見学に行かせてもらっている今津駐屯地の第3戦車大隊です。荒川総監はずっと立ちっぱなしで真摯にそれぞれの行進部隊に対し敬礼をしながら「しっかり頼むぞ!」「がんばってくれよ!」と隊員一人ひとりに声をかけているように見えました。

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八尾駐屯地より中部方面航空隊のヘリコプターを中心として陸海空自衛隊19機のヘリコプターが祝賀飛行しました。OH-6ヘリコプターやUH-1ヘリコプター、AH-1S対戦車ヘリコプター(アパッチ)といった様々なヘリコプターがこの50周年を空から祝福しました。

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そのあとの訓練展示は本年かなり趣向を凝らした感がありました。武装した仮想敵(コマンド部隊)が市街地で小銃を手に進出してきます。そこで陸上自衛隊へ防衛出動命令が発令されるという設定でした。

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バイクに乗った斥候が敵陣地を偵察し、そのあとさまざまな火砲を持って敵を追い込んでいきます。最後に中隊長は戦車隊への支援を要請し、これに基づき戦車が出動し普通科部隊の突入と74式戦車を持って敵制圧です。

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そのあとは音楽隊による音楽演奏となりティンパニーの代わりに榴弾砲が空包射撃を「ド~ンドン」と連続してうちまくる。調和がとれているとはお世辞にも言い難いが音楽と装備品とを組み合わせることに感心する。

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当日は18500人の来場者があり国を守ってくれる人がこんなに時身近にいてその仕事の尊さを十分国民に知っていただく機会になったことは支援者の一人として本当にうれしく感じた。

*本日未明にロシアのメドベージェフ大統領が日本固有の領土である国後島に入るという話を聞いた。
前原誠司大臣が我が国に隣国の国賓が来るのにしっかり出迎え「わざわざベトナムの帰りお疲れのところ日本にお立ち寄りいただきありがとうございます。どうぞごゆっくりお過ごしください」ぐらい言えんか・・・・


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