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信太山駐屯地研修事業報告 

カテゴリ:青年部会

6月20日信太山駐屯地にて研修事業を行いました。
この駐屯地は日清・日露戦争において勇名を馳せた旧陸軍野砲兵第四聯隊が、大正8年11月に大阪法円坂より移駐し、終戦まで駐屯し、終戦後の昭和20年から昭和32年までは米軍が海兵隊の下士官養成学校として使用していましたが、昭和32年9月、陸上自衛隊信太山駐屯地として開設されました。駐屯地の面積は約20万平方メートルで甲子園球場の約5倍の広さがあり、第17代履中天皇の皇子である市辺押歯皇子の墓といわれる鍋塚を中心に、各隊舎、厚生センター、体育館が整然と配置される緑が多い駐屯地でもあります。また旧軍時代からの建物も数多く残っており、特に旧将校集会場は野砲兵第四聯隊が大阪法円坂より移駐時に、明治天皇の娘婿であられる当時の第一大隊長、北白川宮成久王殿下の執務室として建設され、その後終戦まで将校集会場として使用された建物で、歴史的価値も高く、現在では修史館(資料館)兼幹部集会場として使用されています。
(HPより抜粋)

まず最初に信太山駐屯地司令兼ねて37普通科連隊連隊長の大庭秀昭一等陸佐より駐屯地の概要と陸上自衛隊の現状についての講話をいただきました。この駐屯地は大阪府唯一の普通科部隊として警備任務にあたる第37普通科連隊や駐屯地業務隊、第三直接支援中隊、会計隊、基地通信隊、警務隊などが駐屯しています。大庭連隊長は統合幕僚監部や西部方面隊の防衛課長を歴任されてるだけあり、実にわかりやすく端的に現在の我が国の安全保障について説明いただきました。

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そのあと資料館を見学いたしました。旧軍の資料や地元の篤志家から寄贈された資料・遺品が所狭しと展示されています。駐屯地の歴史は自衛隊の歴史そのものであり我が国が近代国家となるために多くの方々の血と涙と犠牲が払われてきたと思うと感慨深いものがあった。
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そのあと軽装甲機動車に体験搭乗させいていただき。若手隊員を交えた意見交換会をバーベキューとともに行いました。普通科連隊の中隊長から尉官、陸曹まで様々な方と我が国の守りについて自衛隊という組織について、日々の訓練についてひざを交えて話をいたしました。
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このような交流会を実施したときに感じることが自衛隊という職業の尊さと自分たちの命を賭して私たちの生命と財産を守ってくれる自衛隊員の純粋さに心をうたれる。いざという時のために毎日つらい訓練を重ね最強の集団であるために常に志を高くもち、万全の備えを怠らない。日本男児としてこの方たちを応援、支援することは当然である。

駐屯地にある装備品、車両、施設はかなり年季が入っており、これでわが国が守れるのか疑問を呈するところであるが、大庭連隊長自ら「自分たちは与えられた装備品で与えられた任務を遂行することが自分たちの使命と考えています。」と言われる。。涙が出るぜ・・・
よく見れば駐屯地にある車両は等間隔、水平垂直に配列され装備品も古いがピカピカ。。これこそが自衛隊の矜持と改めて感じさせていただいた。生活が一番と言っているアホの国会議員に見せてやりたいと思った。普通どの家でも自家用車は10年くらいで買い替えるもので自衛隊員の気合いだけでは抑止になりえない。。長持ちするのは徹底した整備力の賜物だが装備品すべてが現在の我が国に国力・経済力に見合ったものではないことはだれがみてもわかるものである。

会食の中で大庭連隊長はレンジャー出身とお聞きした。全身筋肉のような方だが連隊長になるにふさわしい「知情意」を兼ね備えた素晴らしいリーダーである。もう少し身長が高ければ今頃ブラウン管の中で活躍か(笑)・・というほどのまさにナイスガイである。レンジャー訓練もさまざまあるのだが、いずれの訓練も筆舌に尽くし難いほど過酷なことで知られており、これらを卒業して左胸に「レンジャー徽章」を付けた隊員は、他の隊員から多大な尊敬と信頼を得ている。訓練期間中、学生は、教官からの指示には絶対服従であり、すべての指示に対して一切の反論は許されず、「レンジャー!」と返事をするらしい。ちょうど6月22日にレンジャーの帰還式にお誘いいただいているのでその時にレンジャーについて詳しく述べさせていただこうと思う。
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とにもかくにも国民がもっと自衛隊のことを知らなければならない。。。国の守りについて知識を持たなければならない。防衛予算にしてもGDPの1%がいくらなのかではなく私たちの平和と安全を守るために存在する自衛隊が誇りを持って活動できる環境をつくることがまずもって私たち国民の義務と考える。自衛隊員やその家族が生まれ変わっても自衛隊員でありたいと思い、小学生が将来なりたい職業NO.1であり、世の中で一番尊い職業が自衛官であるということを学校で習うような、そして国民のヒーローであり続ける職業になること。そういった時代を作っていくのは政治家だけではなく国民ひとり一人で、自分の国は自分で守ることの大切さをもっと広く伝えなければならないと感じました。

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大庭連隊長をはじめとし設営・窓口担当いただきました広報室の皆様には本当感謝する次第である。この連隊は普通科なので特に変わった装備品もない。しかしながら強靭に鍛えられた隊員がこの連隊の資産である。彼らと多くのことを語りあい自衛隊について理解を深めることができたことは実に意義深く今後も継続させていきたい事業である。
最後に連隊長が御挨拶で私どもの会の存在自体が自衛隊の支援となると言っていただき感謝するとともに本当に心強く感じました。


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全国防衛協会連合会青年部会総会 

カテゴリ:全国防衛協会連合会青年部会

6月18日東京の市ヶ谷にあるグランドヒル市ヶ谷で全国防衛協会連合会青年部会の総会がありました。防衛協会は各都道府県ごとに設立されたのですが(大阪は昭和39年)それぞれの都道府県防衛協会の協議会的な存在の連合会ができて本年で20年目(青年部会は9年目)となりその20周年の式典と懇親会にも参加してまいりました。

青年部会の総会は昨年の山口での全国大会を中心とした事業報告、収支決算。本年度の事業計画と収支決算の承認と埼玉で行われる全国大会開催の件を議事とし各県の報告があり終了しました。私はせっかく電車賃を使って東京まで行ったので全国防衛協会青年部会の活動をもっと世に知らしめるためにホームページの開設を提案させていただきましたが予算の都合上次年度の懸案事項となりました。

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そしてそのあと全国防衛協会連合会の20周年式典があり麻生総理代理の官房副長官、防衛大臣の祝辞があり各県の会長や協力企業に対する表彰が行われました。
会長の山口信夫氏は日本商工会議所会頭・旭化成会長も務め86歳とご高齢だが陸軍士官学校卒業され今も凛としたたたずまいと見るからに温厚な人柄に圧倒された。。

感謝状を一人づつ手渡されるのだが表情や目線もふくめて「本当にあなたに感謝しています。ありがとう」という空気が全身から醸し出され、山口会長の徳の高さをまじかで垣間見ることができた。自分もこんな人に少しでも近づけたらと心から思った。
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そのあとの懇親会は歴代の防衛庁長官や防衛大臣がこぞって駆けつけお祝いの言葉を述べられていた。昨年私どもが主催した「OSAKA防衛・防災フェスティバル」で大変お世話になった3師団長の関口閣下も陸上幕僚長の代理でこられ再会できたこと、現在は陸上幕僚副長 として陸上自衛隊のナンバー2となられている。しかしまったくそんなそぶりもなく日焼けした笑顔で私たちと接していただいた。私個人としてこの方がかっこいい自衛隊員ナンバーワンと思っている。昭和の頃の高倉健を思わせる寡黙さと気配りは本当に敬服する。

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そして現在自衛隊制服組トップの統合幕僚長、折木良一閣下も当時中部方面総監のときにとてもお世話になった。統幕長から「大阪の青年部会もっと頑張れ」との檄と「いつも自衛隊を応援してくれてありがとう」「どんなことでも私に言ってくれ。青年部会のことだったら積極的に協力するよ」という力強いお言葉をいただきました。このような励ましの言葉は私たちの活動の糧になり日頃訓練や国際貢献活動に頑張っている自衛隊員をもっと応援しようとするエネルギーとなりました。

特別寄稿 松代地下大本営跡視察 

カテゴリ:基地等見学

1地下壕鳥瞰図
JC(青年会議所)のASPAC(アジア太平洋会議)で長野に行ったついでに、松代地下大本営跡を視察して来ました。大本営は統帥者の天皇と軍部から構成されていましたが、大東亜戦争末期、敗色が濃くなってくると、国体護持のため大本営を松代に移す計画が立てられました。しかも、この大本営は敵の空襲を避けるため、強固な岩盤の山を掘り進んだ、巨大な地下壕なのです。



2地下壕入口
昭和19年11月11日11時(いいつき、いいひ、いいとき)に工事が開始されたそうです。
「硫黄島からの手紙」という映画にも登場した地下壕ですが、ここ松代では実際に壕の中に立ち入ることが出来ます。

3地下壕内部

入口でヘルメットを借りて、壕の中へと足を進めます、最初は急な下りで天井も低いのですが、暫く進むと地面は平らになり、横幅約4m高さ約2m半の広々した通路になります。この象山(ぞうざん)の地下壕は縦坑が20本、横坑が10本通っており、政府省庁と放送局、電話局が入る予定だったそうです。


4地震観測施設
次に、象山地下壕から南東約1.5kmにある舞鶴山地下壕を視察しました。
象山が政府施設移転予定地だったのに対し、こちらは天皇皇后の御座所と参謀本部の移転予定地でした。
しかも驚いたことに、現在は世界屈指を誇る気象庁の精密地震観測室として利用されているのです。従って象山のように壕内に立ち入ることは出来ません。終戦4年後には地震計による観測を開始し、現在に至ります。つい最近では北朝鮮による核実験の波形をとらえました。

5天皇御座所
天皇の御座所として建築された建物は、60年以上経った今でも当時の姿のまま使用されています。空襲に備え、屋根は100cmのコンクリートで覆われているという頑強な建物です。中に立ち入ることこそ出来ませんが、窓の外から内部を覗き込むことが出来ます。こちらは地上の御座所ですが、いざという時に備え地下の御座所(地下御殿)も用意され、そこへの避難路が一部公開されています。現在は中央に手すりが設置されていますが、非常に急な下りの階段道です。



6地下御殿への通路
今回、ASPACで長野に来たお陰で、お恥ずかしながら大本営移転計画を知り、実際に史跡を見ることが出来ました。当時の緊迫を現在に伝える史跡が、当時の姿を現在に留めていることを非常に貴重なことだと感じました。

副会長 辻輝也


大阪防衛協会平成21年度総会その2 

カテゴリ:青年部会

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昨日、親会である大阪防衛協会の総会第2部にて、国際ジャーナリスト大高未貴(おおたかみき)さんが、「愛国心、世界と日本」という演題で講演してくれました。

大高さんは世界各国80ヶ国以上を回られ、貧困層の方からダライラマまで話をし、イスラエルにもパレスチナにも行ってます。さまざまな国の友人から、日本はお人好しで、だまされてもだまされてもだまされる。アジアの開放のために身を呈して白人支配から開放してくれた。
そんなことを学びます。

日教組教育で育った世代(昭和46年生まれ)で、日本の歴史、国防に無関心だった彼女は、外国で国を持たない民の悲劇、軍備を持たずに侵略を許してしまった悲劇を知り、戦後占領政策によって分断された日本の歴史を学び、先人への感謝の念を育み、国の大切さに気づきます。

講演内容は情報操作による侵攻、つまり現代は情報戦の戦時中だということをいくつかの例を挙げて話してくれました。漢民族中心の中華人民共和国が日本のマスコミに工作員を送り込み情報操作しているかなども解説してくれました。なぜNHKが日本と台湾との好関係を崩壊させるような捏造番組を作るのか?なぜ大事な事件を報道すべきタイミングでトンチンカンなゴシップネタが紙面を踊るのか?

日本人の多くが平和ボケして、「自分の国のことを自分で守る」という国防意識が高まらないこと、自分の国が素晴らしい国だと言えなくなっていること、これらのことはまさに情報操作による侵略行為かもしれません。

アジアを侵略していた日本を連合国が開放した?
大日本帝国軍隊から日本人は開放してもらった?

そんな教育が続いているのも占領政策の洗脳教育だと気づかせてくれました。
アメリカが戦後の日本に対して戦前の完全否定することで歴史の分断を図りました。
これは何を意味するのでしょうか?

大高さんがチベットのお坊さんから聞いた話を紹介してくれました。
日本人の魂には2600年以上続いた国を生きた先人たちが守ってくれている。
世界の建て直しが出来るのはそんな魂を持った日本人だけです。

国の歴史が、たかだが60年ほどの中華人民共和国、200年ほどのアメリカ合衆国ごときに2600年以上続いた国の魂が負けるはずはないです。
眠っている日本人の魂を目覚めさせ、開花する時が来た、日本人にしか出来ない平和希求の手段があるはずだと感じさせてくれました。
たいへん勇気付けられる素晴らしい講演を拝聴し感謝いたします。

秋田和孝


大阪防衛協会平成21年度総会 

カテゴリ:青年部会

親会総会
6月9日(火)、新阪急ホテルにおいて、大阪防衛協会の会員総会が開催されました。
青年部会からは、鷺岡会長、青山副会長、秋田さん、奥谷さんと私(辻)の5名が参加しました。
議長は恒例により、会長であるダイキン工業の井上会長が務められました。

議案審議では平成20年度の事業報告と決算報告、平成21年度の事業計画と予算などが審議されました。各議案の説明は蛯原事務局長がされましたが、最終議案である第7号議案「青年部の活動について」は鷺岡会長が直接説明されました。

事業報告では、昨年9月に海上自衛隊阪神基地において実施した青少年事業、キッズ・デイ・キャンプを紹介されました。小中学生約40名が参加したこの事業では、自衛隊のことを全く知らない子もいたが、自衛官と触れ合い、掃海艇に乗船する体験を通じ、「将来は自衛官になりたい。」と宣言する子も出るなど、実り多い事業だったと報告されました。

今年度の事業計画では、毎年秋に開催される近畿ブロック青年研修大会を大阪が主管することと、今年行われる衆議員選挙の前に、立候補予定者に対し、安全保障に関する意識調査のアンケートを行うということを報告されました。

今回の選挙は政権交代もありうる国政選挙であればこそ、最も大切な国防の問題について、各候補者がどのような認識でいるのかを問うのは非常に有意義なことです。
これらの報告に対し、会場の雰囲気は非常に好意的であり、満場の拍手で審議可決されました。
後の懇親会の場では、井上会長と角南総監から、青年部会の活動は青年らしくエネルギッシュで大変素晴らしく、大いに期待していると激励を頂きました。

副会長 辻輝也

信太山駐屯地司令表敬訪問 

カテゴリ:陸上自衛隊

5月26日(火)、鷺岡会長に相伴させて頂き、信太山駐屯地司令を表敬訪問致しました。
渡邊広報室長にご案内頂き、玄関に差し掛かると、本日の来訪者として、「大阪防衛協会青年部会 会長 鷺岡和徳様」と札が掲げられており、大変ありがたく感じると共に、連隊長の貴重な時間を頂くことに、身の引き締まる思いがしました。舎内に足を踏み入れると、ピリッとした空気を肌で感じます。

廊下を行き交う自衛官の動きには一切無駄がなく、はきはきと会話する声が伝わって来ます。第37普通科連隊長兼ねて信太山駐屯地司令の大庭1等陸佐は、この3月に着任されました。前任地は熊本県の健軍で、西部方面総監部防衛部防衛課長をされていました。写真でも分かるように、きりっとした男前です。一方でお話の中で見せられる笑顔は非常に温かいものでした。

信太山に着任されての第一印象を伺うと、地域と駐屯地が非常に密接な関係にあり、地域の人々の温かさを感じ、大変ありがたく思ったとのことでした。自衛隊と市民との関係は良い方向に向かっている一方で、防衛関係費は6年連続のマイナスとなっており、駐屯地の装備品も、整備はしているとはいえ、陳腐化は否めないとのことでした。北朝鮮の核やミサイル開発で脅威が高まる中で、現状の装備では万全とは言えないというお話でした。

談話の中で鷺岡会長から、大阪実業団駅伝で信太山駐屯地が大阪府警の後塵を拝していることと、
甲子園にできた子どもの勤労体験施設「キッザニア甲子園」に自衛官のコーナーがないことについて、大変悔しい思いをしているとの発言がありました。これに対し大庭連隊長からは、「我々は負けてはいけない集団だ。」との力強いお言葉がありました。このように、約半時間ほど有意義な意見交換をさせて頂きました。

文責 副会長 辻輝也

090526信太山表敬訪問


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