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大阪市消防局平成23年度 出初め式 

カテゴリ:基地等見学

今回の日記は担当理事の 秋田和孝 が書かせていただきます。

平成23年1月6日(木)大阪南港ATC会場で開催された消防出初式に行ってきました。
午前10時の開式の前には、多くの家族連れをはじめとした市民が少しでもいい場所で見ようと陣取っていました。(消防局の発表では2万5千人の観客動員)

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開式とともに消防ヘリコプター、消防艇、消防車両などの機械部隊分列行進が始まり、続いて地域防災リーダー、女性防火クラブ、大阪市帆船「あこがれ」の市民参加パレードに続き、消防の徒歩部隊分列行進が行われました。

消防車両46台、消防ヘリコプター2機、消防艇3隻、人員1,400名と出場部隊、人員報告の後、参加者全員に起立を促し、特設国旗掲揚台に国家が流れる中、国旗が掲揚されました。
礼服に身を固めた平松市長が式辞を述べ、消防庁長官、大阪市会議長が来賓祝辞、続いて消防局長があいさつをしました。

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続いて観閲席の前で消火訓練、水難救助訓練、化学災害対応訓練、車両事故救出訓練、高層建物火災訓練と実際の現場さながらに緊迫した警防訓練が20分間というわずかな時間に着々と一糸乱れぬ迅速な動きで展開されました。
その後は消防車、消防艇による「みおつくし放水」が行われて閉式となりました。

「人知れずくらしを守るひとがいる。」

消防の立場から私たちのくらしを守ってくれる頼もしい大阪の消防体制がありました。
消防隊員などの公的機関だけでなく、消防振興協会、地域防災リーダー、女性防火クラブなど市民の助け合いの体制を知ることで、先ずは私たち一人ひとりが常に防火の意識を持ち、消火活動が実践出来るようにしなければと強く感じました。

3月13日(日)には消防、警察、赤十字、大阪府、大阪市の危機管理室、自衛隊の協力でOSAKA防衛防災フェスティバル2011を開催します。

少しでも多くの方に私たちのくらしを守ってくれいている人たちの姿、装備を見てもらい、先ずは自分から防衛防災の意識を高め、小さなことから実践していこうと思えるようなフェスティバルにしていこうと心新たにしました。

大阪防衛協会青年部会
秋田和孝





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海上保安庁 第五管区海上保安本部 海上訓練展示 

カテゴリ:基地等見学


■今回も副会長の辻輝也が報告させていただきます。
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10月16日(土)に表題の訓練が実施されました。私ども大阪防衛協会青年部会は、自衛隊の支援協力団体ですので、普段自衛隊の行事には多々参加させて頂いておりますが、今回第五管区海上保安本部の大島本部長とご縁を頂き、この訓練に参加させて頂く機会を得ました。

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海上保安庁というと、「海猿」を思い浮かべる方が多いと思います。また最近では尖閣諸島での漁船衝突事件が記憶に新しいと思います。英語で表記すると「JAPAN COAST GUARD」となります。
コーストガードは国によっては準軍事組織に位置付けられておりますが、日本の海上保安庁は海の警察と呼ばれております。その任務は、海上における船舶の航行安全、海難救助、犯罪捜査、環境保全、災害対応、海洋調査等、多岐にわたっております。


この日の設えは巡視船「せっつ」に乗り込み、体験航海をしながら、船上から訓練展示を見るというものでした。「せっつ」の停泊場所は神戸メリケンパークの中突堤で、オリエンタルホテルに横付けしているような感じでした。総トン数3,100トンの堂々たる体躯で、船体は真っ白に塗られ、ブルーの文字と相まって颯爽としたイメージでした。

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この日の一般参加者は約1千名ということで、海上保安友の会から約500名、一般公募で約500名の参加ということでした。家族連れが多く、海上保安庁が広く国民の支持を集めている様子が良く分かりました。大島本部長のお話では最近では、「じゅんこさん」も多いのだとか。鉄道マニアの女性を鉄子さんと称するように、巡視船ファンの女性は巡子さんと呼ばれているそうです。


大島本部長は、この日の総合指揮官ということで、制服をビシッと身に纏い、皆から記念写真を撮って下さいと引っ張りだこ。しかしながら偉ぶるでもなく、いつもの気さくな感じで、「みんなは僕とじゃなくて、僕の制服と記念写真が撮りたいんでしょう。」と周りの爆笑を誘っておられました。

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10月ということで冬服でしたが、夏服ならば更に人気が出たことでしょう。海には白い服が良く似合うのと、夏服には輝かしい肩章がつき、本部長はベタ金に星3つですから。また、大島本部長は非常に聡明な方で、様々なことに精通されており、豊富な話題でいつも周りを和やかにされることに敬服します。また、来年3月13日(日)に我々大阪防衛協会青年部会が主催する「OSAKA防衛防災フェスティバル」に海上保安庁からも船艇の出展をお願いしたところ快諾を頂きました。


訓練を見るには、船橋の上がベストポジションということで、出港してほどなく上がらせて頂きました。この日の訓練は4つでした。

①放水訓練
巡視艇しきなみ、巡視艇ぬのびきに加え、神戸市消防艇たちばなの3艇による一斉放水がなされました。船上火災はもとより、沿岸部の消火活動にも当たるようです。海水をポンプで汲み上げて放水するとのことですので、消えた後の処理も大変そうです。

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②航空機ローパス
前方明石海峡大橋の方から、まずはヘリコプターみみずくが、次いで飛行機はやぶさが飛来し、せっつの右舷低空をかすめ飛んで行きます。間近に航空機を見ることができ、かなりの迫力です。

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③吊上げ救助訓練
巡視艇あわぎりから遭難者役の海上保安官が海に飛び込み、発煙筒でSOS、それをヘリコプターみみずくからロープで降下した機動救難士が救出するという、まさに海猿の実演でありました。このみみずくは20人乗れるという大きなヘリコプターで、吹き降ろされる風圧は大変なものでした。

海面に大きな風紋ができ、水しぶきが上がります。自分が水難で海に浮かんでいたとしたら、この風圧で止めをさせられのではと洒落にならない想像をしてしまいました。もちろん訓練ではそんなことはなく、無事救出され大きな拍手と相成りました。

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④逃走船捕捉訓練
巡視艇きくかぜがドクロマークの旗をつけ密輸船に扮し、巡視艇の静止を振り切って逃走開始、それをヘリコプターみみずくと巡視艇「しきなみ」と「きくかぜ」、加えて神戸税関艇「こうべ」で追いかけ、交戦の末に捕捉するという訓練です。覆面姿の悪役2名が巡視艇に向けてライフルを発砲、それを迎え撃つ4名の武装保安官。チームワークよろしく、あっという間に降伏の白旗を振るという分かり易い訓練でした。

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この間、ヘリコプター「みみずく」は一部始終をビデオ撮影しているとのこと。そう言えば、尖閣のビデオは公開するだの公開しないだの、一体どうなっているのでしょう。相撲でも野球でもビデオ判定の時代。真実を白日にさらすことに何を躊躇するのか。今となっては時間が経ち過ぎて、彼の国はやれ改竄だ編集だとケチをつけてくること請け合い。この訓練は例年にも増して注目度が高かったのではないでしょうか。

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盛り沢山な訓練展示が終わり、最後は訓練に参加した船艇と航空機がフェアウェルという、すれ違いながらの別れのご挨拶をしてくれました。常日頃海の警察として、多方面でご活躍頂いている海上保安官の皆さんに感謝です。


北消防署見学 

カテゴリ:基地等見学

とあるパーティーで知り合った関係で大阪市北消防署を見学させていただく機会があった。
阪急インターナショナル横にある昭和39年築のかなり老朽化した施設であるが、一歩中に入った瞬間一般的な行政施設とは異なる現場ならではの緊張感が署内にはあった。この施設以外に出張所として梅田、南森町、浮田、大淀、与力、本庄の6拠点でいざという時に備えている。他の市の様に消防団の様な自衛組織が大阪には存在しないのでなにもかも消防署に任せきりであることの是非を今一度考えなければならないと思った。

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大阪市北区は日本有数の地下街と超高層ビル群で大阪の表玄関を形成し、商業地域と鰻の寝床のような住空間が隣接している。はしご車と言っても15階くらいまでしか届かないし大きな消防車が入ることのできない路地だらけの町家も多く近辺にも残っている。その背景にあってこの消防署では予防、警備を中心に防火、防災に取り組んでいます。また一部地域であるが自衛消防組織の充実を図り地域と一体となった防火、防災を推進しています。


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写真はレスキュー車で大きな事故や災害があったときにさまざまな救護、救命設備を車内に装備したスーパーカーである。。。実際本物を見たのは初めてでこの車が人命を救うということにひとり納得する。


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室内では隊員がさまざまな訓練と体力つくりを人知れず行っている。同じことを何度も何度も繰り返し、時間をはかってより俊敏に、そのわずかな時間が人命を救うことになるということを彼らは知り尽くしているので上司の方も叱咤激励しながら真剣なまなざしで指導教育されていた。


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ビルの窓を想定してけが人を救護し(訓練では人形であるが)自分のロープにくくりつけてともにビルに入り込んで・・・という訓練を何度も何度も繰り返しておられた。。何度も何度も真剣勝負で見ているだけであったが心から敬意を感じ本当に尊い仕事であること彼らが出動している以外このように訓練を重ねておられることをもっと周りに伝え広めなければならないと感じた。

消防司令より途中で消防の仕事のビデオを拝見し説明をいただいていたところ「もし出動があれば失礼しますがご容赦ください」と言っておられたその矢先、部屋のパトロールランプが光って出動要請。。。。。

「ありゃ~」と思ったその瞬間、となりに座っていた司令は透明人間のごとくいなくなっており、追いかけて階段おりて見にいくと専用車両の後姿を見ただけとなった。。その間わずか30秒くらい。。。
後日談を聞くとビルの屋上から飛び降りそうな人がいたそう。。結局警察が説得して事件解決らしい。。。

50歳を回ったくらいの消防司令自ら車に乗って人命救助に行く機会を見せていただいた。。
消防署の皆様、いつも本当にありがとう!


詳しいホームページはこちら

特別寄稿 対馬視察 

カテゴリ:基地等見学

5月に教育再生機構大阪の勉強会で、中川昭一代議士のご講演を聴きました。
ご講演の中で、中川先生は日本の安全保障の脆弱さを憂いておられ、核武装の話、中国の軍備増強の話、そして対馬の話をされました。限られた時間であり、詳しいところまではお話をされませんでしたが、議員団で視察に訪れたところ、海上自衛隊の基地の周りが韓国資本に買収されているなど、辺要の地としては看過できない状況にあると危機感を示されました。

その後、宮本雅史氏編著の「対馬が危ない」を読み進めるにつれ、一度現地に行ってみたいと思うようになりました。そんな時、たまたま日本JC(社団法人日本青年会議所)のホームページを見ていたら、全国100名ほどのメンバーを募って、現地の視察を行うとともに、対馬市民も巻き込んでフォーラムを開催するとの記事を発見しました。私自身は昨年JCを卒業しましたので、参加していいものかどうか若干迷いましたが、これも何かの縁ということで、厚かましく現役諸君に混じって対馬に行って参りました。

対馬視察団はJCメンバーが安里会頭以下約100名、加えて1泊2日の全行程ご一緒頂いた有識者が、株式会社独立総合研究所より、社長であり首席研究員の青山繁晴先生、同研究所自然科学部長の青山千春博士、財団法人ディフェンスリサーチセンターより古澤忠彦先生(元海将・第34代舞鶴地方総監)の3名。更に1日目の視察には、外間守吉沖縄県与那国町長、対馬防衛協会の小松津代志事務局長の両名にもご同行頂きました。

1司令説明

まず、対馬市商工会美津島支所にて、海上自衛隊対馬防備隊司令の廣野1佐から、対馬における海上自衛隊の歴史と現状についての説明を聴きました。終わり近くのスライドで、基地周辺を空撮した写真が示されました。そこには、自衛隊の敷地が赤囲いで示されると共に、韓国資本に買収され韓国系宿泊施設になっている土地が黄色囲いで示されていました。

2基地周辺


まさに隣地を買収されている状況がまざまざと見て取れます。そして、質疑応答の際に、視察団の目を覚まさせる鋭い質問が青山繁晴先生の口から放たれました。「ご説明では、対馬の海上自衛隊の任務は、情報収集と監視がメインで、戦闘部隊がいないという理解でよろしいか?」と。廣野司令は力なく肯定されました。そうなんです。朝鮮半島から僅か50kmに位置し、長い歴史の中で幾度も外敵の攻撃にさらされて来た辺要の地、対馬を守る海上自衛隊には艦船が一隻もないのです。

3基地視察

その後、海上自衛隊対馬防備隊本部に実際に足を運びました。ご批判を恐れずに言わせてもらえば「何じゃこりゃ?」というのが第一印象です。5月に中川先生のお話を聴いた時は、「国境を守る対馬の海上自衛隊本部には貴重な情報や任務があるであろう。隣地からの諜報にさらされて大丈夫なのか?」「隣地を押さえられて、有事の際に艦艇の入出港に問題はないのか?」との疑問を持ちました。

しかし、実際に見た基地は、そんな心配以前のか弱い姿でした。まず、海上自衛隊の基地であるにも拘わらず岸壁がありません。基地の正門前の公道を挟んで小さな浮き桟橋があるのみです。沖合にブイが2つあり、2,500tクラスの艦艇は係留できるとの説明でした。要するに現状では護衛艦を配備することは不可能なのです。

4基地フェンス


基地内は写真撮影禁止ということでしたが、特に目を引くものはありませんでした。フェンスには「立入禁止、写真撮影禁止」と日本語とハングルで併記された看板がつけられています。説明では、韓国人観光客は民家でも平気で立ち入って記念写真を撮るとのことで、日本人の常識からは考えられないとのことでした。

そして、いよいよ問題の韓国資本に買収された土地に足を踏み入れました。「Tsushima Resort」という名前の施設ですが、リゾートホテルというような立派なものではなく、コテージ村といった感じです。食事の提供もないということで、コカコーラの自動販売機がぽつんとひとつ置かれていました。我々が視察した時は人影もなく閑散としていました。


5行幸啓記念の日

驚くべきは敷地内に「行幸啓記念の碑」が存在するということです。平成2年、この土地が真珠工場であった際に、天皇皇后両陛下が視察に来られ、それを記念して碑が立てられました。しかし現在では、韓国資本の施設内にあって、自由に見ることが出来ないという悲しい状態です。この土地は旧海軍の土地でもあり、石積みの立派な岸壁があり、近代土木遺産にも指定されているそうです。海上自衛隊の基地としては、むしろこちらの方が適地ではないかという感想を持ちました。

【総括】このまま書き進めると際限なく文字数が膨らみそうなので、視察で感じたことを箇条書きにして締めたいと思います。

・ 国境の島としての守りが不十分。陸海空の自衛隊があるというのは名ばかり。艦船も航空機も ゼ ロ。レンジャーで固められた陸自の精鋭部隊がいるが、人を抑止力にする前に、艦船、航空機を配備すべきである。

・ 対馬の経済は疲弊しており、人口流出に歯止めがかからない。韓国からの観光客の経済効果を期待することも排除できない。対馬に人が住み続け、活き活きとした経済活動が出来る環境を国が整えなければならない。それが国益につながる。

・ 国際交流大いに結構。しかし、相手国の歴史・文化を尊重せず、また自然破壊に繋がる行為を反復継続する者は受け入れるべきではない。また、国際交流とは相手国におもねることではない。自国を愛し、相手との違いを認めることを通して、共通のルールを見出すことである。

・ 日本は世界第6位の面積の排他的経済水域を有するが、それは国境の島を守ってこそ。海底には石炭、石油、天然ガスに次ぐ第4の資源「メタンハイドレート」が豊富にあり、日本が資源大国になる可能性があるという。国境や国益に国民がもっと拘らなければならない。

・ 町長がゲスト参加された与那国島は、日本の最西端の島であるが、状況はさらにひどく、高等学校がなく、企業らしい企業がない。「島を守るにも自衛隊が来てくれないので、台湾の軍隊にお願いして守ってもらおうかと思っている。」というきつい冗談が町長の口から出て、大変ショッキングであった。しかし、本日朗報が飛び込んできた。浜田防衛大臣が与那国島を訪れ、同島への陸上自衛隊の部隊配置を検討する考えを示したという。本当に喜ばしいことだ。

・ 同じものを見聞きしても、青山繁晴先生の観察眼と洞察力が素晴らしく、思いもしなかったことを問題提起されるのに感銘を受けた。天賦の才に加え、記者・研究者として培ってこられた能力とは存ずるが、我々凡人も物事を鵜呑みにすることなく、真実を見極める情熱を持たなければならないと思った。

文責 副会長 辻輝也

特別寄稿 松代地下大本営跡視察 

カテゴリ:基地等見学

1地下壕鳥瞰図
JC(青年会議所)のASPAC(アジア太平洋会議)で長野に行ったついでに、松代地下大本営跡を視察して来ました。大本営は統帥者の天皇と軍部から構成されていましたが、大東亜戦争末期、敗色が濃くなってくると、国体護持のため大本営を松代に移す計画が立てられました。しかも、この大本営は敵の空襲を避けるため、強固な岩盤の山を掘り進んだ、巨大な地下壕なのです。



2地下壕入口
昭和19年11月11日11時(いいつき、いいひ、いいとき)に工事が開始されたそうです。
「硫黄島からの手紙」という映画にも登場した地下壕ですが、ここ松代では実際に壕の中に立ち入ることが出来ます。

3地下壕内部

入口でヘルメットを借りて、壕の中へと足を進めます、最初は急な下りで天井も低いのですが、暫く進むと地面は平らになり、横幅約4m高さ約2m半の広々した通路になります。この象山(ぞうざん)の地下壕は縦坑が20本、横坑が10本通っており、政府省庁と放送局、電話局が入る予定だったそうです。


4地震観測施設
次に、象山地下壕から南東約1.5kmにある舞鶴山地下壕を視察しました。
象山が政府施設移転予定地だったのに対し、こちらは天皇皇后の御座所と参謀本部の移転予定地でした。
しかも驚いたことに、現在は世界屈指を誇る気象庁の精密地震観測室として利用されているのです。従って象山のように壕内に立ち入ることは出来ません。終戦4年後には地震計による観測を開始し、現在に至ります。つい最近では北朝鮮による核実験の波形をとらえました。

5天皇御座所
天皇の御座所として建築された建物は、60年以上経った今でも当時の姿のまま使用されています。空襲に備え、屋根は100cmのコンクリートで覆われているという頑強な建物です。中に立ち入ることこそ出来ませんが、窓の外から内部を覗き込むことが出来ます。こちらは地上の御座所ですが、いざという時に備え地下の御座所(地下御殿)も用意され、そこへの避難路が一部公開されています。現在は中央に手すりが設置されていますが、非常に急な下りの階段道です。



6地下御殿への通路
今回、ASPACで長野に来たお陰で、お恥ずかしながら大本営移転計画を知り、実際に史跡を見ることが出来ました。当時の緊迫を現在に伝える史跡が、当時の姿を現在に留めていることを非常に貴重なことだと感じました。

副会長 辻輝也



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